隣の席の悪魔 〜あの頃は、明日が当たり前だった

一人暮らしのアパート。

私はベッドの上で、
携帯を握りしめる。

画面。

『朝比奈 空』

その名前を見るだけで、
心臓がうるさい。

……ほんとに、
繋がってる。

もう。

会えないと思ってた。

考えるのは、
終わりにしようと思ってた。

なのに今は。

電話だってできる。

嬉しいのに。

なぜだか、
落ち着かなかった。



一体何分、
こうしていたか分からない。

私はベッドの上で正座したまま、
相変わらず携帯の画面を見つめていた。

深呼吸。

震える指で、
発信ボタンを押す。

「っ……!」

呼び出し音。

どうしよう。

切りたい。

でも。

『……もしもし』

低い声。

一気に胸が熱くなる。

「っ、……あ」

声が出ない。

『星野?』

「……空くん」

電話の向こうで、
少し笑う気配。

『……早』

え。

私は一気に顔が熱くなる。

「だ、だって!!」

『帰って数時間』

「うるさい!!」

ふっ。

小さく笑う声。

耳元で聞こえる声が、
なんだかくすぐったくて。

私はぎゅっと枕を握った。



『ちゃんとかけてきた』

空くんが言う。

私はベッドへ顔を埋めた。

「だって……
かけてもいいって言った……」

『言った』

低い声。

でも。

なんか。

絶対楽しんでる。

『……星野』

「ん?」

『緊張しすぎ』

「してないし!」

『してる』

「してない!!」

ふっ。

また、
小さく笑う声。

「空くん絶対笑ってる!!」

『まぁ』

「っ、もう!!」

私は枕を抱きしめながら、
むっと頬を膨らませる。

少しだけ、
電話の向こうが静かになる。

『……図書館行って、
よかった』

私は、はっと息を呑んだ。

その声が。

思ったより、
ずっと優しくて。

私はぎゅっと、
携帯を握りしめる。

「……空くん、
電話だと変」

『失礼』

「へへ」

私は思わず、
枕へ顔を埋めた。



通話が終わったあとも。

私はしばらく、
携帯を胸に抱えたまま動けなかった。

静かな部屋。

窓の外。

夏の夜。

でも。

携帯を持つ指先は、
力が入ったまま。

「……だめ」

小さく呟いて、
ごろんと寝返りを打った。

なのに。

低い声。

小さな笑い声。

“図書館行って、よかった”

何回も。

頭の中で、
繰り返される。

結局その夜。

私は久しぶりに、
なかなか眠れなかった。