図書館。
窓から入る、昼の光。
静かな館内。
私は返却棚を整理しながら、
何回も入口を見てしまっていた。
今日でまた、
空くんは向こうへ戻る。
分かってる。
ちゃんと分かってるのに。
胸の奥だけ、
ずっとそわそわしていた。
カラン。
入口のドアが開く。
「……よう」
低い声。
顔を上げる。
空くん。
リュック。
眠そうな顔。
私は思わず笑った。
「空くん!」
◇
閉館まで、
まだ少し時間がある。
空くんは、
カウンターから一番近い席へ座って、
本を開いた。
私はカウンター越しに、
何回もそっちを見てしまう。
ページをめくる指。
伏せた目。
長いまつ毛。
静かな横顔。
……変わってない。
「……そんな見る?」
低い声。
はっとする。
空くんが、
こっちを見ていた。
私は一瞬、
目を丸くする。
なんか。
昔も、
似たようなこと言われた気がする。
「み、見てないもん!」
反射で否定する。
空くんは、
また本に目を移した。
◇
返却本を収納するために
立ち上がった時。
ふと、
空くんのいる机の上の
ペンケースが目に入った。
黒いシャーペン。
少し擦れたクリップ。
私は一瞬、
呼吸を止めた。
……あれ。
空くんが、
私の視線に気づく。
「なに」
「……それ」
私は小さく指差した。
空くんは、
ペンケースを見る。
「……シャーペン?」
「まだ使ってるの?」
空くんは、
少しだけ口元を緩めた。
「使いやすいし」
私は返事が遅れる。
「……そっか」
その瞬間。
空くんの視線が、
私の手元へ落ちた。
腕時計。
あの時。
UFOキャッチャーで、
空くんが取ってくれた時計。
あの頃の私には、
少しだけ大人っぽかった時計。
空くんが、
わずかに動きを止める。
「……そっちこそ」
私は顔に熱が上がるのを感じた。
でも。
誤魔化すみたいに、
口を尖らせる。
「……見やすいし」
空くんが吹き出す。
「真似すんな」
「うるさい!!」
そう言って、
もう一度、腕時計を見る。
もうすぐ、
空くんが帰る時間。
私は返却された本を抱えながら、
小さく息を吐いた。
外はまだ明るい。
9月ももう終わるけど、
蝉の声はまだ遠くに聞こえてる。
空くんが、
席を立つ。
私は顔を上げた。
「……今から、
向こう戻る」
分かってたけど。
私はつい、呼吸を止めた。
「……そっか」
◇
休憩札を裏返して、
空くんと一緒に入口を出る。
図書館の自動ドア。
夏の残り火。
行き交う人。
空くんが、
足を止めた。
「……星野」
「ん?」
空くんは、
リュックを探る。
数秒後。
小さく折った紙を、
私へ差し出した。
「これ」
ゆっくりと受け取る。
開くと、そこには。
電話番号。
メールアドレス。
私は空くんを見る。
空くんは、
首の後ろを触ってる。
「……メール、
しちゃうかも」
絞り出した声は、
少し震えてた。
空くんは小さく頷く。
「……うん」
短い返事。
でも。
その声だけで、
胸がいっぱいになる。
私はぎゅっと紙を握りしめたまま、
続ける。
「電話、
かけてもいい?」
少し湿気を帯びた風。
遠くの蝉の声。
空くんが、
少しだけ目を細めた。
「……うん」
その瞬間。
胸の奥が、
またじわっと熱くなる。
「メール、返すし。
……電話も出るから」
私は思わず、
空くんを見る。
空くんは、
少しだけ視線を逸らした。
「……俺も連絡する」
その声が。
夏の風に混ざるくらい、
静かだった。
両手で紙を包む私を見て、
空くんが眉を寄せた。
「……登録しないの」
私は目を見開く。
「い、今!?」
「なくすだろ、
星野」
「なくさないし!!」
空くんが、
呆れたみたいに息を吐く。
「信用ない」
「ひどい!」
私は慌てて携帯を取り出す。
“朝比奈 空”
入力するだけなのに、
指先が落ち着かない。
「……送った方がいい?」
空くんが、
小さく息を漏らす。
「届かないかも」
「なにそれ!」
私はむっとしながら、
メール画面を開く。
何送ればいいの。
私は数秒悩んでから、
そっと打ち込む。
『空くん』
送信。
空くんの携帯が、
小さく震えた。
空くんは画面を見る。
そして。
ふっと口元が緩んだ。
「な、なに」
空くんが、
画面を見たまま言った。
「……名前だけ」
「だ、だって!!
確認だから!!」
空くんが目を細める。
「ちゃんと届いた」
空くんの声だけが、
やけに近く聞こえた。
◇
「……じゃあな」
空くんは、
少しだけ手を上げて歩き出す。
私は入口の前から、
その背中を見つめた。
遠ざかっていく背中。
オレンジが混ざり始める空。
でも。
昔みたいに、
“これで終わり”じゃない。
そのことが。
少しだけ、
私の肩を軽くした。
ポケットの携帯が、
小さく震える。
私は慌てて画面を見る。
『ちゃんと仕事戻れ』
顔を上げる。
少し離れた場所。
空くんが、
こっちを見て笑ってた。
窓から入る、昼の光。
静かな館内。
私は返却棚を整理しながら、
何回も入口を見てしまっていた。
今日でまた、
空くんは向こうへ戻る。
分かってる。
ちゃんと分かってるのに。
胸の奥だけ、
ずっとそわそわしていた。
カラン。
入口のドアが開く。
「……よう」
低い声。
顔を上げる。
空くん。
リュック。
眠そうな顔。
私は思わず笑った。
「空くん!」
◇
閉館まで、
まだ少し時間がある。
空くんは、
カウンターから一番近い席へ座って、
本を開いた。
私はカウンター越しに、
何回もそっちを見てしまう。
ページをめくる指。
伏せた目。
長いまつ毛。
静かな横顔。
……変わってない。
「……そんな見る?」
低い声。
はっとする。
空くんが、
こっちを見ていた。
私は一瞬、
目を丸くする。
なんか。
昔も、
似たようなこと言われた気がする。
「み、見てないもん!」
反射で否定する。
空くんは、
また本に目を移した。
◇
返却本を収納するために
立ち上がった時。
ふと、
空くんのいる机の上の
ペンケースが目に入った。
黒いシャーペン。
少し擦れたクリップ。
私は一瞬、
呼吸を止めた。
……あれ。
空くんが、
私の視線に気づく。
「なに」
「……それ」
私は小さく指差した。
空くんは、
ペンケースを見る。
「……シャーペン?」
「まだ使ってるの?」
空くんは、
少しだけ口元を緩めた。
「使いやすいし」
私は返事が遅れる。
「……そっか」
その瞬間。
空くんの視線が、
私の手元へ落ちた。
腕時計。
あの時。
UFOキャッチャーで、
空くんが取ってくれた時計。
あの頃の私には、
少しだけ大人っぽかった時計。
空くんが、
わずかに動きを止める。
「……そっちこそ」
私は顔に熱が上がるのを感じた。
でも。
誤魔化すみたいに、
口を尖らせる。
「……見やすいし」
空くんが吹き出す。
「真似すんな」
「うるさい!!」
そう言って、
もう一度、腕時計を見る。
もうすぐ、
空くんが帰る時間。
私は返却された本を抱えながら、
小さく息を吐いた。
外はまだ明るい。
9月ももう終わるけど、
蝉の声はまだ遠くに聞こえてる。
空くんが、
席を立つ。
私は顔を上げた。
「……今から、
向こう戻る」
分かってたけど。
私はつい、呼吸を止めた。
「……そっか」
◇
休憩札を裏返して、
空くんと一緒に入口を出る。
図書館の自動ドア。
夏の残り火。
行き交う人。
空くんが、
足を止めた。
「……星野」
「ん?」
空くんは、
リュックを探る。
数秒後。
小さく折った紙を、
私へ差し出した。
「これ」
ゆっくりと受け取る。
開くと、そこには。
電話番号。
メールアドレス。
私は空くんを見る。
空くんは、
首の後ろを触ってる。
「……メール、
しちゃうかも」
絞り出した声は、
少し震えてた。
空くんは小さく頷く。
「……うん」
短い返事。
でも。
その声だけで、
胸がいっぱいになる。
私はぎゅっと紙を握りしめたまま、
続ける。
「電話、
かけてもいい?」
少し湿気を帯びた風。
遠くの蝉の声。
空くんが、
少しだけ目を細めた。
「……うん」
その瞬間。
胸の奥が、
またじわっと熱くなる。
「メール、返すし。
……電話も出るから」
私は思わず、
空くんを見る。
空くんは、
少しだけ視線を逸らした。
「……俺も連絡する」
その声が。
夏の風に混ざるくらい、
静かだった。
両手で紙を包む私を見て、
空くんが眉を寄せた。
「……登録しないの」
私は目を見開く。
「い、今!?」
「なくすだろ、
星野」
「なくさないし!!」
空くんが、
呆れたみたいに息を吐く。
「信用ない」
「ひどい!」
私は慌てて携帯を取り出す。
“朝比奈 空”
入力するだけなのに、
指先が落ち着かない。
「……送った方がいい?」
空くんが、
小さく息を漏らす。
「届かないかも」
「なにそれ!」
私はむっとしながら、
メール画面を開く。
何送ればいいの。
私は数秒悩んでから、
そっと打ち込む。
『空くん』
送信。
空くんの携帯が、
小さく震えた。
空くんは画面を見る。
そして。
ふっと口元が緩んだ。
「な、なに」
空くんが、
画面を見たまま言った。
「……名前だけ」
「だ、だって!!
確認だから!!」
空くんが目を細める。
「ちゃんと届いた」
空くんの声だけが、
やけに近く聞こえた。
◇
「……じゃあな」
空くんは、
少しだけ手を上げて歩き出す。
私は入口の前から、
その背中を見つめた。
遠ざかっていく背中。
オレンジが混ざり始める空。
でも。
昔みたいに、
“これで終わり”じゃない。
そのことが。
少しだけ、
私の肩を軽くした。
ポケットの携帯が、
小さく震える。
私は慌てて画面を見る。
『ちゃんと仕事戻れ』
顔を上げる。
少し離れた場所。
空くんが、
こっちを見て笑ってた。


