隣の席の悪魔 〜あの頃は、明日が当たり前だった

図書館の閉館時間。

私は急いで電気を確認しながら、
最後の鍵を閉めた。

夜風。

少し湿った夏の匂い。

その時。

街灯の下。

空くん。

壁にもたれたまま、
スマホを見てる。

でも。

私に気づいた瞬間、
少しだけ姿勢を起こした。

それだけで。

胸の奥が、
落ち着かなくなる。

「おまたせ!」

私は小走りで駆け寄る。

空くんが、
ゆっくり顔を上げた。

「……遅い」

「またそれ!
しょうがないでしょ!
仕事なんですー!」

すると。

空くんが、
少しだけ目を細める。

「走れんの?」

「え?」

「体力、
落ちてそう」

「落ちてないし!!」

私はむっと口を尖らせる。

「大丈夫だから!」

その瞬間。

空くんが、
半分吹き出すみたいに笑った。

「負けたほう、ジュースな」

「望むところ!」



夜。

川沿い。

街灯。

静かな道。

私たちは、
並んで立つ。

風。

呼吸。

隣の足音。

懐かしいのに。

心臓だけ、
全然落ち着かない。

「っ、は……」

数分後。

私は思いっきり失速していた。

苦しい。

横腹痛い。

足重い。

その時。

隣から、
小さな笑い声。

「やっぱ体力落ちてる」

「うるさい……っ」

私は息を切らしながら睨む。

空くん、
めちゃくちゃ余裕。

むかつく。

「全然走れてない」

「今日は調子悪いの!!」

「言い訳」

「空くんが急なんだもん!」

私は膝に手をつきながら、
息を整える。

空くんも、
少しだけ笑った。

声は変わったのに。

隣にいる感じだけ、
ちゃんと空くんだった。

私は少しだけ息を整える。

夜風。

川の音。

「空くん」

「……ん?」

私は小さく笑った。

「……私、
走れなくなったけど」

空くんが、
少しだけこっちを見る。

私は前を向いたまま、
静かに続ける。

「……ちゃんと、
前向いてきたんだよ」

その瞬間。

空くんが、
少しだけ視線を落とす。

そして。

「……そっか」

短い言葉。

でも。

ちゃんと伝わった気がした。

空くんは、
少しだけ前を見た。

その横顔が、
やけに優しく見えた。



帰り道。

街灯の光。

並ぶ影。

「……星野」

「ん?」

夜風が、
二人の間を抜ける。

空くんが、
少しだけ視線を落とす。

数秒の沈黙。

そのあと。

「……また来る」

私は思わず、
足を止めそうになる。

空くんは前を向いて、
小さく続けた。

「夏休み終わっても」

心臓。

どくん。

私はうまく返事ができない。

その時。

空くんが、
少しだけこっちを見る。

「……だから」

「え?」

「ちゃんと走っとけ」

私は吹き出した。

「なにそれ!」

夜風が吹く。

隣を歩く歩幅が揃う。

聞こえる足音が、
少しずつ、
昔みたいに重なっていく。