隣の席の悪魔 〜あの頃は、明日が当たり前だった

閉館時間。

帰る準備をしながら。

私は何度も、
入口の方を見てしまっていた。

街灯の下。

壁にもたれて、
携帯を見てる。

空くん。

帰ってない。

それだけで。

胸の奥が、
なんだか落ち着かなかった。



「空くん!」

私は鞄を抱えて、
図書館を飛び出した。

空くんが、
ゆっくり顔を上げる。

「……遅い」

「これでも、
急いで来たんだよ?」

空くんは、
小さく笑って歩き出した。



夏の夜。

駅までの道。

少し湿った風。

並ぶ影。

「大学、
夏休みだから帰ってきた」

私は小さく頷く。

「そっか」

空くんは、
前を見たまま続ける。

「葛西から聞いた」

「え?」

「星野が、
図書館で働いてるって」

私は空くんを見る。

空くんは、
静かに言った。

「去年も来た」

え。

「今年も、
もう何回か」

……そんな。

空くんは、
少しだけ視線を逸らした。

「同窓会も、
行けなかったし」

息を止める。

空くんは、
前を向いたまま。

「留学してた」

その言葉に。

あの日の景色が、
一瞬だけ胸へ戻ってくる。

葛西くんの言葉。

断った連絡先。

空くんは、
小さく続けた。

「……星野、
行ったんだろ」

私は小さく頷く。

その瞬間。

空くんが、
少しだけ息を吐いた。

「……そっか」

夏の湿った空気が、
静かに流れる。

「だから、
帰ってくるたび来てた」

言葉に詰まる。

「でも、
星野、
毎回いなかったから」

視線を逸らしたままの空くん。

夜風が頬を撫でる。

私は小さく笑った。

「……探してくれてたの?」

すると。

空くんが、
少しだけ眉を寄せる。

「笑うな」

「だって……」

張っていたものが、
少しだけほどけていく。

「来るタイミング、
悪すぎでしょ……」

「うるさい」

その返事が。

あの日のままで。

口元が、
勝手に緩んでしまった。



夜風。

信号の電子音。

並ぶ足音。
 
空くんが前を見たまま言った。

「……まだ走ってる?」

私は少しだけ足を止めて、
小さく答える。

「……走ってない」

空くんが、
こっちを見る。

私は視線を逸らした。

「空くんいなくなってから、
なんか走れなくなった」

私は少し笑う。

「隣、
いなかったし」

夜になりかけの空。

静かな住宅街。

空くんは、
何も言わなかった。

風が吹く。

変わってない。

……そう思ったのに。

背が伸びてる。

声も。

横顔も。

前よりずっと、
大人になってる。

その時。

空くんが、
私を見た。

「……星野」

「ん?」

「走る?」

え。

私は瞬きをする。

何年も前。

放課後の駐輪場。

紫とオレンジの空。

隣を走る足音。

『また走れたら、
いいなと思います』

アルバムの文字まで、
一気に胸へ戻ってくる。

そして。

気づけば、
私は笑っていた。

「走る!」

空くんが、
少しだけ目を細める。

「声でかい」

街灯の下。

空くんの耳は赤かった。

あの頃みたいに。