窓の外で、
風が夏の葉を揺らす。
図書館のカウンター。
返却された本。
静かな空気。
私は貸出カードを整理しながら、
小さく息を吐いた。
社会人二年目の夏。
少しずつ、
仕事にも慣れてきた頃。
高校を卒業した私は、
短大へ進学して、
図書館司書の資格を取った。
昔の私が聞いたら、
きっと驚くと思う。
静かな場所って、
どちらかというと落ち着かなかったから。
それなのに。
図書館で働きたいって、
思うようになったのは。
たぶん――
静かな図書室。
西日。
窓際。
金木犀。
本を読む横顔。
気づけば、
いつも思い出す景色が、
そこだったから。
◇
高校を卒業する頃までは。
何度も思っていた。
また会いたいって。
でも。
卒業すれば。
住む場所も。
出会う人も。
時間の流れも。
全部、
変わっていく。
大人になる。
だから。
ちゃんと前を向こうって思った。
前を見て、
走らないと。
あの人に、
怒られるから。
でも。
二十歳の冬。
成人式のあとには、
同窓会もあった。
もしかしたら。
会えるかもしれないって、
少しだけ期待して。
私は髪を切った。
“星野っぽい”
って言ってくれた、
あの髪型に。
でも。
あの人は来なかった。
「留学中らしいぞ」
「絶対向こうで彼女だろ!」
周りの笑い声を聞きながら。
私は、
小さく笑った。
……何年経ったと思ってるんだろう。
少しでも期待してた自分が、
なんだか恥ずかしかった。
その時。
葛西くんが
コップの氷を揺らしながら言った。
「紬が来るって分かってたら、
あいつ無理してでも来ただろうな」
私は思わず笑う。
「そんなわけない」
「いや、ある」
葛西くんは、
昔を思い出すみたいに目を細めた。
そのあと。
携帯を少し持ち上げる。
「番号、
教えようか?」
私は、
その画面を少しだけ見る。
懐かしい名前。
ずっと、
見たかった名前。
でも。
私は首を振った。
「……今さらだから」
葛西くんは、
何かを言いかけて。
最後には、
そっとため息をついた。
◇
短大。
就職。
前に進もうとした。
他の人にも、
ちゃんと目を向けようとした。
でも。
夕焼けを見るたび。
雨の匂いを感じるたび。
静かな図書館へ入るたび。
思い出してしまうのは。
あの頃、
隣にいた横顔だった。
◇
「星野さん」
後ろから声がして、
私は振り返る。
先輩司書。
「返却処理お願いできる?」
「あ、はい!」
私は慌てて本を受け取った。
表紙。
バーコード。
閉館時間が近い、
いつもの夕方。
窓の外を見る。
夕方と夜の間みたいな空。
あの日と、
同じ色。
私は小さく息を吐く。
その時。
カラン。
図書館の扉が開く音。
いつものように顔を上げる。
そして。
私は、
動けなくなった。
揺れる黒髪。
伏し目がちな視線。
長いまつ毛。
涼しげな目。
変わらない、
静かな空気。
でも。
前より少しだけ、
大人になった横顔。
心臓が、
一度だけ大きく跳ねる。
知ってる横顔のはずなのに。
頭が、
うまく回らない。
過去のことだって、
何度も言い聞かせてきたのに。
今。
あの人が、
目の前にいる。
「……空、くん?」
その瞬間。
その人が、
はっとしたみたいに。
目を見開いた。
静かな図書館。
夕方の光。
「……星野」
何年分もの時間が。
一気に、
戻ってきた気がした。
◇
私はやっと、
小さく息をする。
「……空くん」
名前を呼んだ瞬間。
胸の奥で、
何かが一気にほどけた。
空くんは、
まだ少し驚いた顔のまま、
こっちを見ている。
「なんで……」
その声に、
私は少しだけ笑ってしまった。
低く、
落ち着いた声。
少し大人になった、
空くんの声。
「それ、
私の台詞」
すると。
空くんが、
小さく息を吐く。
少しだけ、
目を細めた。
懐かしい。
ふっと口元を緩める。
「……そのまま」
私はつられて、
小さく笑った。
「空くんこそ」
夕方の図書館。
閉館時間が近い。
静かな空気。
でも。
静かな図書館の中で。
私だけ、
呼吸が落ち着かなかった。
風が夏の葉を揺らす。
図書館のカウンター。
返却された本。
静かな空気。
私は貸出カードを整理しながら、
小さく息を吐いた。
社会人二年目の夏。
少しずつ、
仕事にも慣れてきた頃。
高校を卒業した私は、
短大へ進学して、
図書館司書の資格を取った。
昔の私が聞いたら、
きっと驚くと思う。
静かな場所って、
どちらかというと落ち着かなかったから。
それなのに。
図書館で働きたいって、
思うようになったのは。
たぶん――
静かな図書室。
西日。
窓際。
金木犀。
本を読む横顔。
気づけば、
いつも思い出す景色が、
そこだったから。
◇
高校を卒業する頃までは。
何度も思っていた。
また会いたいって。
でも。
卒業すれば。
住む場所も。
出会う人も。
時間の流れも。
全部、
変わっていく。
大人になる。
だから。
ちゃんと前を向こうって思った。
前を見て、
走らないと。
あの人に、
怒られるから。
でも。
二十歳の冬。
成人式のあとには、
同窓会もあった。
もしかしたら。
会えるかもしれないって、
少しだけ期待して。
私は髪を切った。
“星野っぽい”
って言ってくれた、
あの髪型に。
でも。
あの人は来なかった。
「留学中らしいぞ」
「絶対向こうで彼女だろ!」
周りの笑い声を聞きながら。
私は、
小さく笑った。
……何年経ったと思ってるんだろう。
少しでも期待してた自分が、
なんだか恥ずかしかった。
その時。
葛西くんが
コップの氷を揺らしながら言った。
「紬が来るって分かってたら、
あいつ無理してでも来ただろうな」
私は思わず笑う。
「そんなわけない」
「いや、ある」
葛西くんは、
昔を思い出すみたいに目を細めた。
そのあと。
携帯を少し持ち上げる。
「番号、
教えようか?」
私は、
その画面を少しだけ見る。
懐かしい名前。
ずっと、
見たかった名前。
でも。
私は首を振った。
「……今さらだから」
葛西くんは、
何かを言いかけて。
最後には、
そっとため息をついた。
◇
短大。
就職。
前に進もうとした。
他の人にも、
ちゃんと目を向けようとした。
でも。
夕焼けを見るたび。
雨の匂いを感じるたび。
静かな図書館へ入るたび。
思い出してしまうのは。
あの頃、
隣にいた横顔だった。
◇
「星野さん」
後ろから声がして、
私は振り返る。
先輩司書。
「返却処理お願いできる?」
「あ、はい!」
私は慌てて本を受け取った。
表紙。
バーコード。
閉館時間が近い、
いつもの夕方。
窓の外を見る。
夕方と夜の間みたいな空。
あの日と、
同じ色。
私は小さく息を吐く。
その時。
カラン。
図書館の扉が開く音。
いつものように顔を上げる。
そして。
私は、
動けなくなった。
揺れる黒髪。
伏し目がちな視線。
長いまつ毛。
涼しげな目。
変わらない、
静かな空気。
でも。
前より少しだけ、
大人になった横顔。
心臓が、
一度だけ大きく跳ねる。
知ってる横顔のはずなのに。
頭が、
うまく回らない。
過去のことだって、
何度も言い聞かせてきたのに。
今。
あの人が、
目の前にいる。
「……空、くん?」
その瞬間。
その人が、
はっとしたみたいに。
目を見開いた。
静かな図書館。
夕方の光。
「……星野」
何年分もの時間が。
一気に、
戻ってきた気がした。
◇
私はやっと、
小さく息をする。
「……空くん」
名前を呼んだ瞬間。
胸の奥で、
何かが一気にほどけた。
空くんは、
まだ少し驚いた顔のまま、
こっちを見ている。
「なんで……」
その声に、
私は少しだけ笑ってしまった。
低く、
落ち着いた声。
少し大人になった、
空くんの声。
「それ、
私の台詞」
すると。
空くんが、
小さく息を吐く。
少しだけ、
目を細めた。
懐かしい。
ふっと口元を緩める。
「……そのまま」
私はつられて、
小さく笑った。
「空くんこそ」
夕方の図書館。
閉館時間が近い。
静かな空気。
でも。
静かな図書館の中で。
私だけ、
呼吸が落ち着かなかった。


