夕方。
校庭。
風。
静かな空。
「……走るか」
低い声。
顔を上げる。
空くん。
私は少しだけ笑った。
「うん」
たぶん。
これが最後。
ちゃんと分かってた。
でも。
口にしたくなかった。
私たちは、
いつもみたいに並んで走る。
だけど、
いつもより、
少しゆっくり。
競争でもない。
ただ。
隣を走る。
風も。
空の色も。
全部、
いつも通りなのに。
今日は、
隣が少しだけ遠かった。
「……星野」
「ん?」
空くんは前を見たまま、
つぶやく。
「……うるさかった」
「はぁ!?」
私は吹き出す。
「急になに!?」
空くんは、
少しだけ笑ってる。
「……でも」
風が吹く。
白い息が、
空へ溶けていく。
次の言葉を待った。
でも。
空くんは、
しばらく黙ったままだった。
「……風邪、引くなよ」
ようやく聞こえた言葉に、
私は瞬きをする。
「……最後にそれー?」
眉を寄せる私を見て、
空くんが笑う。
そして。
視線を逸らしたまま、
言った。
「……お前が静かだと、
調子狂うから」
心臓が、
どくんと揺れる。
なんでもないことみたいに言うから、
困る。
私は口を尖らせた。
「空くん、
静かなの好きなくせに」
空くんは、
目を逸らして小さく息を吐く。
隣を走る歩幅が、
近くなった気がした。
◇
帰り道。
いつもの別れ道。
立ち止まる。
空くんが言う。
「じゃあな」
いつも通り。
なのに。
今日だけ。
重い。
私は少しだけ迷って。
でも。
結局。
いつもの言葉しか出なかった。
「……また明日」
空くんが、
少しだけ目を細める。
そして。
「……またな」
そう言ったあと、
空くんは歩き出した。
◇
私は、
離れていく背中を見る。
今、
走れば届きそうなのに。
私は、
動けなかった。
その時。
空くんが、
一度だけ振り返る。
夕方。
オレンジ色の空。
揺れる前髪。
そして。
眉を寄せた。
「……泣くなよ」
低い声。
私は涙が滲んだまま、
小さく頷く。
空くんが、
一歩だけこっちへ動く。
でも。
その瞬間。
ぴたりと止まった。
まるで。
何かを堪えるみたいに。
私は思わず、
制服を握りしめる。
その時。
空くんが、
もう一度顔を上げた。
「……星野!」
私は涙を拭くのも忘れて、
はっと顔を上げる。
空くんは、
今度はちゃんと声を張った。
「ちゃんと、
前見て走れよ!!」
その瞬間。
胸の奥へ、
何かが一気に流れ込んでくる。
苦しくて。
寂しくて。
でも。
涙の奥が、
少しだけ熱くなった。
私は涙でぐしゃぐしゃのまま、
叫ぶ。
「わかってるもん!!」
空くんが、目を細める。
そして。
小さく笑って、
頷いた。
今度こそ。
空くんは、
前を向いて歩き出す。
私は、
その背中が見えなくなるまで。
ずっと、
そこに立っていた。
◇
家に着く。
「ただいま」
小さく呟いて、
私はそのまま自分の部屋へ入った。
制服のまま、
ベッドへ座り込む。
膝の上。
卒業アルバム。
開くのが怖かった。
終わりを、
ちゃんと実感してしまいそうで。
私は小さく息を吐く。
そして。
ゆっくり表紙を開いた。
◇
クラスページ。
先生の言葉。
友達のメッセージ。
笑いながら読めるはずなのに。
なんか。
全部ぼやける。
その時。
……見つけた。
見慣れた字。
少しだけ右上がりの、
空くんの字。
私は息を止めた。
『また走れたら、
いいなと思います』
胸が、
どくんと大きく鳴る。
その下。
雑に付け足したみたいに。
『気が向いたら』
空くん。
……空くん。
私はアルバムを握りしめたまま、
泣きながら笑う。
最後まで。
ずるい。
その時。
メッセージの端が目に入った。
小さく描かれた、
へたっぴなありんこ。
……あ。
その瞬間。
初めて見た横顔。
隣で椅子を引く音。
あの日の夕焼け。
隣を走る足音。
「うるさい」
って笑う声。
その全部が、
胸の奥へ戻ってくる。
どの景色にも。
ちゃんと、
空くんがいた。
ぽた。
涙が落ちる。
もう一滴。
アルバムの文字が、
少しだけ揺れる。
なんで。
気づかなかったんだろう。
……違う。
気づかないふりをしてた。
◇
窓の外。
夕方と夜の間みたいな空が、
静かに広がっていた。
校庭。
風。
静かな空。
「……走るか」
低い声。
顔を上げる。
空くん。
私は少しだけ笑った。
「うん」
たぶん。
これが最後。
ちゃんと分かってた。
でも。
口にしたくなかった。
私たちは、
いつもみたいに並んで走る。
だけど、
いつもより、
少しゆっくり。
競争でもない。
ただ。
隣を走る。
風も。
空の色も。
全部、
いつも通りなのに。
今日は、
隣が少しだけ遠かった。
「……星野」
「ん?」
空くんは前を見たまま、
つぶやく。
「……うるさかった」
「はぁ!?」
私は吹き出す。
「急になに!?」
空くんは、
少しだけ笑ってる。
「……でも」
風が吹く。
白い息が、
空へ溶けていく。
次の言葉を待った。
でも。
空くんは、
しばらく黙ったままだった。
「……風邪、引くなよ」
ようやく聞こえた言葉に、
私は瞬きをする。
「……最後にそれー?」
眉を寄せる私を見て、
空くんが笑う。
そして。
視線を逸らしたまま、
言った。
「……お前が静かだと、
調子狂うから」
心臓が、
どくんと揺れる。
なんでもないことみたいに言うから、
困る。
私は口を尖らせた。
「空くん、
静かなの好きなくせに」
空くんは、
目を逸らして小さく息を吐く。
隣を走る歩幅が、
近くなった気がした。
◇
帰り道。
いつもの別れ道。
立ち止まる。
空くんが言う。
「じゃあな」
いつも通り。
なのに。
今日だけ。
重い。
私は少しだけ迷って。
でも。
結局。
いつもの言葉しか出なかった。
「……また明日」
空くんが、
少しだけ目を細める。
そして。
「……またな」
そう言ったあと、
空くんは歩き出した。
◇
私は、
離れていく背中を見る。
今、
走れば届きそうなのに。
私は、
動けなかった。
その時。
空くんが、
一度だけ振り返る。
夕方。
オレンジ色の空。
揺れる前髪。
そして。
眉を寄せた。
「……泣くなよ」
低い声。
私は涙が滲んだまま、
小さく頷く。
空くんが、
一歩だけこっちへ動く。
でも。
その瞬間。
ぴたりと止まった。
まるで。
何かを堪えるみたいに。
私は思わず、
制服を握りしめる。
その時。
空くんが、
もう一度顔を上げた。
「……星野!」
私は涙を拭くのも忘れて、
はっと顔を上げる。
空くんは、
今度はちゃんと声を張った。
「ちゃんと、
前見て走れよ!!」
その瞬間。
胸の奥へ、
何かが一気に流れ込んでくる。
苦しくて。
寂しくて。
でも。
涙の奥が、
少しだけ熱くなった。
私は涙でぐしゃぐしゃのまま、
叫ぶ。
「わかってるもん!!」
空くんが、目を細める。
そして。
小さく笑って、
頷いた。
今度こそ。
空くんは、
前を向いて歩き出す。
私は、
その背中が見えなくなるまで。
ずっと、
そこに立っていた。
◇
家に着く。
「ただいま」
小さく呟いて、
私はそのまま自分の部屋へ入った。
制服のまま、
ベッドへ座り込む。
膝の上。
卒業アルバム。
開くのが怖かった。
終わりを、
ちゃんと実感してしまいそうで。
私は小さく息を吐く。
そして。
ゆっくり表紙を開いた。
◇
クラスページ。
先生の言葉。
友達のメッセージ。
笑いながら読めるはずなのに。
なんか。
全部ぼやける。
その時。
……見つけた。
見慣れた字。
少しだけ右上がりの、
空くんの字。
私は息を止めた。
『また走れたら、
いいなと思います』
胸が、
どくんと大きく鳴る。
その下。
雑に付け足したみたいに。
『気が向いたら』
空くん。
……空くん。
私はアルバムを握りしめたまま、
泣きながら笑う。
最後まで。
ずるい。
その時。
メッセージの端が目に入った。
小さく描かれた、
へたっぴなありんこ。
……あ。
その瞬間。
初めて見た横顔。
隣で椅子を引く音。
あの日の夕焼け。
隣を走る足音。
「うるさい」
って笑う声。
その全部が、
胸の奥へ戻ってくる。
どの景色にも。
ちゃんと、
空くんがいた。
ぽた。
涙が落ちる。
もう一滴。
アルバムの文字が、
少しだけ揺れる。
なんで。
気づかなかったんだろう。
……違う。
気づかないふりをしてた。
◇
窓の外。
夕方と夜の間みたいな空が、
静かに広がっていた。


