隣の席の悪魔 〜あの頃は、明日が当たり前だった

一月一日。

まだ空も暗い早朝。

私は白い息を吐きながら、
神社の階段を上っていた。

「……寒い……」

「……だろうな」

隣には、
空くん。

私はマフラーへ顔を埋めたまま、
むっと口を尖らせる。

「だってお母さんが、
着てけってうるさくて!」

慣れない着物。

歩きづらい草履。

揺れる袖。

その時。

空くんが、
ちらっとこっちを見る。

その視線が、
一瞬だけ止まった。

着物。

髪飾り。

白いマフラー。

でも。

空くんは、
すぐ前を向いた。

「……まぁ」

「なにその反応!」



境内。

提灯の灯り。

朝焼け前の空。

友達の笑い声。

「おみくじ引こー!」

葛西くん達が騒ぎながら、
走っていく。

私は空くんと並んで、
おみくじを引いた。

その瞬間。

「空くん、見て!!」

私は顔を上げる。

「番号一緒!!」

空くんのおみくじ。

私のおみくじ。

同じ番号。

しかも。

内容まで同じ。

「すごくない!?」

「別に」

「夢ない!!」

私はむっと頬を膨らませる。

その時。

ふと、
文字が目に入る。

『待ち人 
遅れるが来る』

え。

私は瞬きをする。

「なにこれ」

「知らん」

空くん、
全然興味なさそう。

私は少し笑った。

「遅刻魔ってことかな」

「星野じゃん」

「ひどい!!」

白い息が、
朝の空に溶けていった。



「……届かない」

私はおみくじを結ぶ場所の前で、
背伸びをした。

既にたくさんのおみくじが結ばれていて、
空いている場所は高い。

全然届かない。

「ちび」

「うるさい!」

私はむっとしながら、
もう一回背伸びする。

その時。

後ろから、
小さくため息。

「貸せ」

え。

空くんが、
私の手からおみくじを取る。

そして。

普通に手を伸ばした。

ひらっ。

白い紙が、
高い場所で揺れる。

あ。

その瞬間。

私は少しだけ、
目を丸くした。

空くん。

背、
ちょっと伸びたんだ。

前は、
同じくらいだったのに。

その時。

空くんが、
顔を覗き込む。

「なに」

「……なんでもない」

私は慌てて視線を逸らした。

「変なの」



賽銭箱。

鈴の音。

白い息。

私はそっと手を合わせる。

まずは。

受験、
ちゃんと頑張れますように。

合格できますように。

それから。

私は小さく息を飲んだ。

……あと。

もし。

もう一つお願いしてもいいなら。

もっと……。

その願いは。

少しだけ、
欲張りな気がした。



私はそっと目を開ける。

白い息。

朝焼け前の空。

そして。

隣。

空くんは、
まだ目を閉じたままだった。

静かな横顔。

長い睫毛。

合わせた手。

私はその横顔を見つめる。

空くんは、
何を願ったんだろう。

受験のこと。

将来のこと。

それとも。

白い朝の空気が、
やけに静かだった。



帰り道。

まだ人の多い参道。

私は草履で歩きながら、
何度もよろけていた。

その時。

ふと、
屋台の方へ気を取られる。

「あっ、りんご飴――
わ。」

身体が傾く。

でも。

空くんの手が、
すぐに私を受け止めた。

「……絶対転ぶと思ってた」

近い。

白い息。

私は空くんを見る。

空くんは、
少しだけ眉を寄せていた。

「ごめんなさい……」

「ちゃんと前見て」

その瞬間。

夜の灯り。

浴衣。

ヨーヨー。

転んだ痛み。

背中。

夏祭りの景色が、
一瞬だけ胸へ戻ってくる。

しゅんと肩を落とした。

すると。

空くんが、
小さくため息をつく。

その時。

空くんの指が、
私の乱れたマフラーへ触れる。

無言のまま、
マフラーを結び直していく。

私は固まったまま、
動けない。

白い息。

近い距離。

その時。

空くんが、
マフラーを直しながら言う。

「……俺がいるうちはいいけど」

え。

私は顔を上げる。

空くんは、
前を向いたまま続けた。

「一人の時、
普通に転びそう」

「転ばないもん……」

小さい声。

すると。

空くんが、
小さく息を吐いた。

そのあと。

私の方へ、
手を差し出す。

「……ほら」

え。

空くんは、
少しだけ視線を逸らしたまま。

「……嫌ならいい」

耳。

赤い。

その瞬間。

私は何も言えなくなる。

代わりに。

差し出された手を、
そっと握った。

空くんの手。

あったかい。



みんなの輪に追いつくと、
葛西くんたちが、
私と空くんを見る。

そして。

繋いだ手にも気づいたみたいで、
ひとしきり騒がれた。

私は顔が熱くて、
まともに前も見れなかったけど。

それでも。

空くんは、
繋いだ手を離さなかった。

私は繋いだ手に、
もう一度そっと力を込めた。

初日の出が、
私たちを静かに照らしていた。