隣の席の悪魔 〜あの頃は、明日が当たり前だった

十二月。

図書室へ向かう廊下は、
朝よりずっと冷えていた。

窓の外。

白っぽい空。

抱えた参考書の角が、
指先に少し痛い。

気づけば、
“卒業まで”
を考えることが増えた。

あと何回、
この場所で笑えるんだろう。

「さっむ……」

私はマフラーに顔を埋めながら、
図書室へ向かった。



図書室。

西日。

静かな空気。

空くんはその日も、
いつもの窓際にいた。

参考書を開いたまま、
何かを書き込んでる。

「空くん」

「なに」

「推薦どうだった?」

空くんの手が、
ぴたりと止まる。

私は姿勢を正した。

昨日は。

空くんの推薦試験の日だった。

空くんは、
前を向いたまま口を開く。

「……まぁ」

「まぁ?」

「たぶん大丈夫」

その言い方。

いつも通り。

でも。

なんか、
少しだけ疲れて見えた。

「そっか」

本を開きながら続ける。

「頑張ったね」

その瞬間。

空くんが、
こっちを見る。

珍しく、
目を見開いて。

「……なに」

「え?」

「急に」

私は笑った。

「だって頑張ってたじゃん」

夏からずっと。

図書室で。

私は知ってる。

空くんが、
ちゃんと努力する人だって。

その時。

空くんが、
視線を逸らしながら
小さく笑った。



外は、
小さな雪が降り始めていた。

窓の向こう。

白い粒が、
静かに落ちていく。

「わ、雪」

私は窓へ近づく。

「あっ」

冷たい窓に触れた瞬間、
指先がじんっとした。

「手冷た」

後ろから、
低い声。

「そりゃそうだろ」

空くん。

いつの間にか、
すぐ後ろに立ってる。

近い。

そのまま。

空くんが、
私の頬へ温かいものを押し付けた。

「わ」

カイロ。

あったかい。

「ありがと」

「返せよ」

「えぇぇ」

ふっと笑う声。

私はカイロを両手で包みながら、
窓の外を見る。

雪。

図書室。

西日。

隣にいる空くん。

なんか。

雪の音まで、
聞こえそうだった。



「……星野」

「ん?」

空くんは窓の外を見ている。

「落ちたら笑う」

「最低」

私は吹き出した。

「励ましてよ!!」

「受かるだろ」

即答だった。

空くんは、
前を向いたまま。

また、
胸の奥が、
じんわりあったかくなる。

私は小さく笑った。

「……空くんもね」

空くんが、
少しだけ目を細める。

窓の外。

白い雪。

静かな図書室。

カイロの熱。

この雪が溶ける頃には。

きっと、
今とは違う春が来る。