隣の席の悪魔 〜あの頃は、明日が当たり前だった

秋。

放課後の空気が、
少しずつ冷たくなってきた。

窓の外。

高い空。
オレンジ色の西日。

そして。

静かな図書室。

「はぁぁぁ……」

私は参考書に突っ伏した。

「無理……」

数学。
意味がわからない。

「まだ五分しか経ってない」

向かい側に座る、
空くん。

相変わらず、
涼しい顔で問題集を解いてる。

なんなのこの人。

「空くん、
頭の作り違うでしょ」

「努力型って言ったの、
お前」

「……そうだった……」

私はシャーペンを机に置いた。

「だって眠いもん……」

「昨日何時に寝た」

「一時」

「馬鹿」

即答。

ひどい。

でも。

少しだけ笑ってる。



西日が、
机をオレンジ色に染めていく。

ページをめくる音。

遠くで鳴くカラス。

静かな図書室。

最近。

放課後は、
ずっとここだった。

机の上に増えていく、
参考書。

暗記帳。

赤い訂正ペン。

気づけば、
“その先”の話ばかりになっていた。

でも。

夏祭りの日。

あの背中に、
しがみついた時みたいに。

空くんの近くにいると、
落ち着いた。

「……ここ」

空くんが、
私のノートを指差す。

「計算違う」

「え?」

私は慌ててノートを見る。

……ほんとだ。

「なんで分かるの!?」

「見えた」

「怖っ!!」

すると。

ふっ、と。

小さく笑う声。

「空くんって、
先生向いてそう」

「無理」

「なんで?」

「うるさい生徒がいるから」

「偏見!」

「いるだろ、
お前みたいな」

「ひどい!!」

その時。

ふわっと風が吹き込み、
微かに甘い香りがした。

金木犀。

私は窓の外を見る。

夕焼け。

図書室。

空くん。

……あ。

あれから、
もう一年経つんだ。

その時。

空くんが言った。

「……星野」

「ん?」

「志望校、
決めたの」

え。

私は少しだけ黙る。

そして。

小さく頷いた。

「うん」

……空くんとは、
違う高校。

夏祭りの日。

“また来ればいいだろ”

そう言った空くんの声を、
ふと思い出す。

私は少し俯きながら言った。

「……もう、
秋だしね」

空くんは、
前を向いたまま。

「そっか」

短い声。

空くんは、
小さく頷くだけだった。

窓の外。

オレンジ色の空が、
少しずつ夜に近づいていく。



閉館時間を知らせる音楽が、
そっと図書室に響く。

私は参考書を閉じながら、
小さく伸びをした。

「疲れたぁ……」

「集中力なさすぎ」

「空くん基準で言わないで!」

私はむっとしながら鞄を持つ。

「……でも」

「え?」

空くんは参考書を閉じながら、
言った。

「前より解けるようになってる」

私は瞬きをする。

空くんは、
普通の顔。

でも。

その声がやけに優しくて。

私は笑った。

「……ありがと」

西日が、
机の端を静かに照らしていた。