「夏祭り行かね?」
放課後。
教室。
葛西くんが、
椅子を逆向きにして座りながら言った。
「嫌」
空くん、
即答。
「早っ」
私は吹き出す。
葛西くんは呆れたみたいに笑った。
「受験始まるし、
思い出作り」
「意味がわからない」
「花火だぞ?」
「テレビで見る」
「お前ほんと夢ないな」
空くん、
頬杖のまま動かない。
その時。
葛西くんが、
ふっと笑った。
「空、
お前今年最後かもだろ」
葛西くんのその言葉だけ、
妙に静かに聞こえた。
……来年。
空くんは、
遠くの高校に行く。
その時。
葛西くんが、
何気ない顔で続ける。
「な、
つむぎも行くよな?」
その瞬間。
「行く!!」
そのまま、空くんを見る。
「空くんも来る!!!」
「なんで決定なんだよ」
「思い出作り!!」
空くんは少し黙ったあと、
やれやれ、と立ち上がった。
◇
夜。
駅前。
提灯の灯り。
屋台の匂い。
夏祭りの日の空気って、
なんでこんなに特別なんだろ。
「つむぎ、
浴衣かわいー!」
待ち合わせ場所。
女子たちが、
一気に声を上げる。
「えへへ、
ほんと!?」
私は嬉しくなって、
浴衣の袖をふわっと持ち上げた。
「帯頑張ったんだよねー!」
「似合ってる!」
「かわいい!」
「嬉しいー!」
そのまま、
私はくるっと振り向いて、
空くんを見る。
「空くん、どう?」
わざとらしく、
首を傾げる。
すると。
空くん。
少しだけ、
固まった。
しかも。
珍しく、
言葉が出てこない。
そのあと。
視線を逸らしたまま、
空くんは言った。
「……遅い」
「えー!?
感想、それ!?」
すると。
後ろで葛西くんが吹き出した。
「絞り出して、それ」
「うるさい」
空くんの耳は、
ちょっと赤い。
◇
祭り会場へ近づくにつれて、
人が増えていく。
屋台。
笑い声。
提灯。
夏の匂い。
人混みに押されながら、
私は必死に前を見る。
その時。
女子のひとりが、
振り返って笑った。
「つむぎ、
もう迷子にならないでよー?」
修学旅行のことだ。
「大丈夫!!」
私は胸を張る。
「今日は絶対はぐれない!」
すると。
葛西くんが、
呆れたみたいに笑った。
「空、
ちゃんと見とけよ」
「なんで俺だよ」
「保護者だろ」
「違う」
空くんは、
小さくため息をつく。
その時。
ぐいっ。
何かが、
私の手へ押し込まれた。
「え?」
見ると。
空くんのタオル。
「これ掴んどけ」
「えー?」
「お前、
すぐ消える」
失礼。
でも。
私は素直に、
タオルの端を握った。
すると。
空くんが、
少しだけ歩き出す。
私はその後ろを、
引っ張られるみたいについて行った。
なんか。
ちょっとむかつく。
◇
前を歩いてた女子が、
屋台の前で立ち止まる。
「ヨーヨーだ!
つむぎ、やろー!」
水の中。
赤。
青。
黄色。
ぷかぷか浮いてる。
「かわいー!!」
私は迷わず駆け寄った。
◇
……取れない。
「なんで!?」
「雑」
空くん、
後ろから見下ろしてる。
「空くんやって!」
「嫌」
「なんで!」
「お前絶対すぐ割る」
「割らないもん!!」
もう一度、挑戦する。
「あーっもう!
取れない!」
みんなが、
肩を震わせて笑ってる。
「つむぎ
壊滅的」
「うるさい!!」
その時。
私の手から、
こよりが取られた。
「え」
空くんが、
隣にしゃがみ込む。
あれ。
なんか、
デジャブ。
そして。
ぽいっ。
一発で成功した空くんに、
おーっ、とみんなが拍手する。
「え、
すご!!」
私は目を丸くした。
その時。
空くんが、
赤いヨーヨーをこっちへ差し出す。
「ほら」
「え、くれるの!?」
「いらない」
「やったーー!!」
私は嬉しくなって、
ぶんぶん振り回す。
「見て空くん!」
「子ども」
「かわいいでしょ!」
「うるさい」
でも。
空くん、
ちょっと笑ってる。
◇
しばらくして。
遠くでアナウンスが流れた。
『まもなく花火が始まりまーす!』
「やば、
移動しよ!」
みんな一気に歩き出す。
その瞬間。
後ろから、
どんっと押された。
「わっ――」
ぐらっ。
下駄。
うまく踏ん張れない。
次の瞬間。
私は気づいたら、
地面へ手をついていた。
ぷつん。
すぐ近くで、
軽い音。
「あ」
赤いヨーヨー。
割れた。
冷たい水が、
地面へ広がる。
しかも。
膝、
痛い。
下駄擦れも、
じんじんする。
最悪。
私は黙ったまま、
割れたヨーヨーを見つめた。
その間に。
みんな、
前へ進んでいく。
祭囃子の中で。
みんなの笑い声が、
遠くなっていく。
◇
「……星野」
低い声。
顔を上げる。
空くん。
目の前にしゃがみ込んでる。
その顔を見るのが、
少しだけ怖かった。
「立てる?」
私は俯いたまま、
小さく首を振る。
すると。
空くんが、
小さくため息をついた。
「……ほら」
腕を引かれる。
私はそのまま、
近くのベンチへ座らされた。
「……浴衣、
汚れた」
言った瞬間。
なんか。
急に悲しくなった。
「私、
帰る」
花火。
見たかった。
でも。
膝も痛いし。
下駄も擦れてるし。
浴衣も汚れたし。
ヨーヨーも、
割れちゃった。
その時。
空くんが、
少しだけ眉を寄せた。
でも。
何も言わないまま立ち上がる。
「え」
「ここいろ」
短い声。
「絶対動くな」
そのまま。
空くんは人混みの中へ走っていった。
◇
しばらくして。
「……はっ」
息を切らしながら、
空くんが戻ってくる。
「空く――」
「乗れ」
え。
私は瞬きをする。
空くんが、
私の前でしゃがみ込む。
「送る」
「え、でも」
「いいから」
「重いよ」
すると。
空くんが、
小さく鼻で笑った。
「ちびだから大丈夫」
「失礼!!」
私はむっとしながら、
そっと空くんの肩へ手を置いた。
広い。
あったかい。
背中越しに聞こえる、
少し速い呼吸。
私はそっと、
空くんの背中へ体を預けた。
◇
夜道。
提灯の灯り。
遠くで、
花火の音が響く。
どーん。
空が光る。
私は小さく呟いた。
「……花火、
見れなくてごめん」
すると。
空くんが、
少しだけ首を傾ける。
「別に」
短い声。
「また来ればいいだろ」
その瞬間。
呼吸を忘れたみたいだった。
……来年。
空くん、
ここにいないじゃん。
遠くの高校に、
行くんでしょう?
私は何も言わずに、
空くんの背中へ、
少しだけ顔を埋めた。
その時。
空くんが、
続ける。
「ヨーヨー、
また取ってやるし」
私は小さく笑った。
「……また割っちゃうかも」
すると。
空くんが、
少しだけ黙った。
そのあと。
「……今度は」
少しだけ間を置いて。
「俺が気をつけとく」
夜道。
花火の音。
空くんの言葉だけが、
やけに近く聞こえた。
私は何も言えなかった。
その代わり。
空くんの背中へ、
ぎゅっとしがみつく。
夜風。
祭囃子。
あったかい背中。
「……夏、
終わらなきゃいいのにね」
空くんの背中へ回った手に、
少しだけ力が込められた。
遠くで、
また花火が開く。
放課後。
教室。
葛西くんが、
椅子を逆向きにして座りながら言った。
「嫌」
空くん、
即答。
「早っ」
私は吹き出す。
葛西くんは呆れたみたいに笑った。
「受験始まるし、
思い出作り」
「意味がわからない」
「花火だぞ?」
「テレビで見る」
「お前ほんと夢ないな」
空くん、
頬杖のまま動かない。
その時。
葛西くんが、
ふっと笑った。
「空、
お前今年最後かもだろ」
葛西くんのその言葉だけ、
妙に静かに聞こえた。
……来年。
空くんは、
遠くの高校に行く。
その時。
葛西くんが、
何気ない顔で続ける。
「な、
つむぎも行くよな?」
その瞬間。
「行く!!」
そのまま、空くんを見る。
「空くんも来る!!!」
「なんで決定なんだよ」
「思い出作り!!」
空くんは少し黙ったあと、
やれやれ、と立ち上がった。
◇
夜。
駅前。
提灯の灯り。
屋台の匂い。
夏祭りの日の空気って、
なんでこんなに特別なんだろ。
「つむぎ、
浴衣かわいー!」
待ち合わせ場所。
女子たちが、
一気に声を上げる。
「えへへ、
ほんと!?」
私は嬉しくなって、
浴衣の袖をふわっと持ち上げた。
「帯頑張ったんだよねー!」
「似合ってる!」
「かわいい!」
「嬉しいー!」
そのまま、
私はくるっと振り向いて、
空くんを見る。
「空くん、どう?」
わざとらしく、
首を傾げる。
すると。
空くん。
少しだけ、
固まった。
しかも。
珍しく、
言葉が出てこない。
そのあと。
視線を逸らしたまま、
空くんは言った。
「……遅い」
「えー!?
感想、それ!?」
すると。
後ろで葛西くんが吹き出した。
「絞り出して、それ」
「うるさい」
空くんの耳は、
ちょっと赤い。
◇
祭り会場へ近づくにつれて、
人が増えていく。
屋台。
笑い声。
提灯。
夏の匂い。
人混みに押されながら、
私は必死に前を見る。
その時。
女子のひとりが、
振り返って笑った。
「つむぎ、
もう迷子にならないでよー?」
修学旅行のことだ。
「大丈夫!!」
私は胸を張る。
「今日は絶対はぐれない!」
すると。
葛西くんが、
呆れたみたいに笑った。
「空、
ちゃんと見とけよ」
「なんで俺だよ」
「保護者だろ」
「違う」
空くんは、
小さくため息をつく。
その時。
ぐいっ。
何かが、
私の手へ押し込まれた。
「え?」
見ると。
空くんのタオル。
「これ掴んどけ」
「えー?」
「お前、
すぐ消える」
失礼。
でも。
私は素直に、
タオルの端を握った。
すると。
空くんが、
少しだけ歩き出す。
私はその後ろを、
引っ張られるみたいについて行った。
なんか。
ちょっとむかつく。
◇
前を歩いてた女子が、
屋台の前で立ち止まる。
「ヨーヨーだ!
つむぎ、やろー!」
水の中。
赤。
青。
黄色。
ぷかぷか浮いてる。
「かわいー!!」
私は迷わず駆け寄った。
◇
……取れない。
「なんで!?」
「雑」
空くん、
後ろから見下ろしてる。
「空くんやって!」
「嫌」
「なんで!」
「お前絶対すぐ割る」
「割らないもん!!」
もう一度、挑戦する。
「あーっもう!
取れない!」
みんなが、
肩を震わせて笑ってる。
「つむぎ
壊滅的」
「うるさい!!」
その時。
私の手から、
こよりが取られた。
「え」
空くんが、
隣にしゃがみ込む。
あれ。
なんか、
デジャブ。
そして。
ぽいっ。
一発で成功した空くんに、
おーっ、とみんなが拍手する。
「え、
すご!!」
私は目を丸くした。
その時。
空くんが、
赤いヨーヨーをこっちへ差し出す。
「ほら」
「え、くれるの!?」
「いらない」
「やったーー!!」
私は嬉しくなって、
ぶんぶん振り回す。
「見て空くん!」
「子ども」
「かわいいでしょ!」
「うるさい」
でも。
空くん、
ちょっと笑ってる。
◇
しばらくして。
遠くでアナウンスが流れた。
『まもなく花火が始まりまーす!』
「やば、
移動しよ!」
みんな一気に歩き出す。
その瞬間。
後ろから、
どんっと押された。
「わっ――」
ぐらっ。
下駄。
うまく踏ん張れない。
次の瞬間。
私は気づいたら、
地面へ手をついていた。
ぷつん。
すぐ近くで、
軽い音。
「あ」
赤いヨーヨー。
割れた。
冷たい水が、
地面へ広がる。
しかも。
膝、
痛い。
下駄擦れも、
じんじんする。
最悪。
私は黙ったまま、
割れたヨーヨーを見つめた。
その間に。
みんな、
前へ進んでいく。
祭囃子の中で。
みんなの笑い声が、
遠くなっていく。
◇
「……星野」
低い声。
顔を上げる。
空くん。
目の前にしゃがみ込んでる。
その顔を見るのが、
少しだけ怖かった。
「立てる?」
私は俯いたまま、
小さく首を振る。
すると。
空くんが、
小さくため息をついた。
「……ほら」
腕を引かれる。
私はそのまま、
近くのベンチへ座らされた。
「……浴衣、
汚れた」
言った瞬間。
なんか。
急に悲しくなった。
「私、
帰る」
花火。
見たかった。
でも。
膝も痛いし。
下駄も擦れてるし。
浴衣も汚れたし。
ヨーヨーも、
割れちゃった。
その時。
空くんが、
少しだけ眉を寄せた。
でも。
何も言わないまま立ち上がる。
「え」
「ここいろ」
短い声。
「絶対動くな」
そのまま。
空くんは人混みの中へ走っていった。
◇
しばらくして。
「……はっ」
息を切らしながら、
空くんが戻ってくる。
「空く――」
「乗れ」
え。
私は瞬きをする。
空くんが、
私の前でしゃがみ込む。
「送る」
「え、でも」
「いいから」
「重いよ」
すると。
空くんが、
小さく鼻で笑った。
「ちびだから大丈夫」
「失礼!!」
私はむっとしながら、
そっと空くんの肩へ手を置いた。
広い。
あったかい。
背中越しに聞こえる、
少し速い呼吸。
私はそっと、
空くんの背中へ体を預けた。
◇
夜道。
提灯の灯り。
遠くで、
花火の音が響く。
どーん。
空が光る。
私は小さく呟いた。
「……花火、
見れなくてごめん」
すると。
空くんが、
少しだけ首を傾ける。
「別に」
短い声。
「また来ればいいだろ」
その瞬間。
呼吸を忘れたみたいだった。
……来年。
空くん、
ここにいないじゃん。
遠くの高校に、
行くんでしょう?
私は何も言わずに、
空くんの背中へ、
少しだけ顔を埋めた。
その時。
空くんが、
続ける。
「ヨーヨー、
また取ってやるし」
私は小さく笑った。
「……また割っちゃうかも」
すると。
空くんが、
少しだけ黙った。
そのあと。
「……今度は」
少しだけ間を置いて。
「俺が気をつけとく」
夜道。
花火の音。
空くんの言葉だけが、
やけに近く聞こえた。
私は何も言えなかった。
その代わり。
空くんの背中へ、
ぎゅっとしがみつく。
夜風。
祭囃子。
あったかい背中。
「……夏、
終わらなきゃいいのにね」
空くんの背中へ回った手に、
少しだけ力が込められた。
遠くで、
また花火が開く。


