隣の席の悪魔 〜あの頃は、明日が当たり前だった

夏。

セミの声。

窓の外。

真っ青な空。

教室の後ろには、
進路希望調査の紙。

気づけば。

みんな、
“その先”の話をするようになっていた。

「紬どこ受けるの?」

「まだ悩んでるー!」

そんな会話。

私はシャーペンを回しながら、
ぼんやり窓を見る。

その時。

隣から、
低い声。

「……星野」

「ん?」

空くん。

真面目な顔。

「今日、
走るか」

「走る!」

私はすぐ笑った。

でも。

その時の空くんは、
少しだけ、
いつもと違って見えた。



放課後。

夕方。

オレンジ色の空。

私たちは、
いつもみたいに走っていた。

でも。

今日は。

会話が少ない。

風の音。

足音。

沈黙。

その全部が、
なんか苦しかった。

走り終わる。

息を整える。

私は空を見上げた。

夏の空。

綺麗。

「……高校決まった」

突然聞こえた声に、
急いで振り向く。

「ほんと!?
どこ!?」

空くんは黙る。

そして。

視線を逸らしたまま言った。

「……県外」

一瞬。

意味が分からなかった。

「え?」

「寮あるとこ」

心臓。

どくん。

「……遠いの?」

自分でもびっくりするくらい、
小さい声。

空くんは少しだけ頷いた。

「まぁ」

風。

静か。

セミの声だけが遠い。

「そっか……」

私は笑おうとした。

「空くんっぽいね」

でも。

うまく笑えない。

声。

変じゃなかったかな。

分からない。

空くんは何も言わない。

ただ。

少しだけ。

苦しそうな顔してた。

その時。

やっと気づく。

高校。

県外。

寮。

放課後。

ランニング。

帰り道。

来年の春。

ここに、空くんはいない。

「……星野」

低い声。

振り向く。

空くんは、
少しだけ困った顔。

でも。

私はそれ以上見れなかった。

目の前が滲み始めたことに
気づいたから。

私は慌てて前を見る。

「そっか!
すごいじゃん、空くん」

声。

少し震えた。

その時。

空くんが、
少しだけ目を伏せる。

そのあと。

「……お前、
分かりやすすぎ」

……笑われたのかと思った。

でも。

違った。

空くんの声は、
いつもより少し、
掠れていた。



帰り道。

いつもの別れ道。

止まる。

でも。

今日は、
何も言えない。

その時。

空くんが言う。

「……星野」

「なに」

空くんが、
小さく息を吐く。

そして。

「もし離れても、
走れよ」

え。

私は瞬きをする。

空くんは前を向いたまま。

「お前、
体力すぐ落ちるから」

……なにそれ。

いつも通りみたいな言い方。

なのに。

なんでこんな苦しいんだろ。

私は笑おうとした。

でも。

ちょっと失敗した。

「……空くんも」

「ん」

「ちゃんと走ってよね」

沈黙。

風。

夕焼け。

そして。

空くんが小さく笑った。

「……気が向いたら」

あ。

またそれ。

私は俯いたまま、
小さく笑う。