隣の席の悪魔 〜あの頃は、明日が当たり前だった

翌日。

昨日渡せなかったチョコは、
家で全部食べた。

分量は間違ってないはずなのに、
ちょっとだけ苦かった。



教室。

窓の外。

白っぽい冬の空。

席について、
授業の道具を取り出した。

その時。

「星野」

頭上から、
低い声。

反射で顔が上がりそうになる。

でも。

私は慌ててプリントへ視線を落とした。

「……おはよ」

小さい声。

自分でも、
変に硬い声だと思った。

すると。

少しだけ沈黙。

「……おはよ」

空くんの声。

いつも通りなのに。

心臓だけ、
変にうるさい。



その日。

私は空くんと、
ほとんど話さなかった。

休み時間。

廊下ですれ違っても、
何も言わずに
早足で通り過ぎた。

昼休み。

空くんがこの教室へ来ても、
私はわざと友達の方を見る。

放課後の、
走る時間を考えて。

ずっとそわそわしてた。

……避けてる。

自分でも分かってる。

でも。

無理だった。

だって。

“待ってるの、まだあるから”

昨日の空くんの言葉が、
胸に引っかかっていたから。



放課後。

教室には、
オレンジ色の光が差し込んでいた。

私は鞄を抱えたまま、
立ち上がる。

その時。

「……星野」

低い声。

心臓。

どくん。

顔を上げる。

空くん。

こっちを見てる。

「な、なに」

すると。

空くんが、
少しだけ眉を寄せた。

「今日避けてる?」

え。

胸がぎゅっとなる。

「避けてない」

即答。

でも。

絶対、
声変だった。

空くんは、
黙ったまま私を見る。

その視線が、
なんか落ち着かない。

「……嘘」

短い声。

逃げられない。

私は視線を逸らした。

その時。

空くんが、
小さくため息をつく。

「……チョコ」

心臓。

止まりそう。

私は一気に顔を上げる。

空くんは前を向いたまま、
小さく言った。

「持ってたんだろ」

え。

時間が止まる。

「……なんでそれ……」

「葛西」

……あのノッポ野郎。

私は、
もうチョコの入っていない鞄を抱きしめた。

空くんが、
少しだけ眉を寄せる。

「なんでくれないの」

その声に、
胸がぎゅっとなる。

私は小さく俯いた。

「……だって」

声。

小さい。

「空くん、
いっぱいもらってたし」

沈黙。

夕方。

冬の光。

そして。

空くんが、
小さくため息をついた。

「……あれ、
全部葛西が持ってった」

「最低」

思わず笑ってしまう。

すると。

空くんも、
少しだけ笑った。

「……くれると思ってた」

え。

空くんは前を向いたまま、
少しだけ眉を寄せていた。

「昨日、
なんか言いかけてたし」

私は何も言えない。

胸だけ、
うるさい。

沈黙。

夕方。

オレンジ色の光。

窓の外。

白っぽい冬の空。

私はもう一度、
ぎゅっと鞄を握る。

そして。

小さく言った。

「……また作ってきたら、
食べてくれる?」

数秒。

沈黙。

そして。

「……変なの入ってたら、
食べない」

「そ、そんなわけないでしょ!!」

私は顔を上げた。

空くん。

少しだけ笑ってる。

その瞬間。

胸の奥が、
じんわりあったかくなった。

窓から差し込む夕方の光が、
静かな教室をオレンジ色に染めていく。

外は寒いのに。

なんか。

今だけ少し、
あったかかった。