隣の席の悪魔 〜あの頃は、明日が当たり前だった

文化祭当日。

校内は、
いつもより騒がしかった。

飾り。

笑い声。

焼きそばの匂い。

廊下を歩くだけで、
色んな音が混ざってくる。

学校全体が、
いつもより少しだけ浮ついて見えた。

廊下には、
大きく飾られた、
写生大会の入賞作品。

夕方と夜の間みたいな空。

駐輪場。

フェンス。

伸びる影。

誰もいない景色なのに。

私には、
ちゃんと“いつもの時間”に見えた。

「これすごくない?」

「空綺麗!」

知らない先輩たちが話してる。

なんか。

恥ずかしい。

でも。

嬉しい。

胸の奥が、
少しだけあったかい。

その時。

「……いた」

低い声。

振り向く。

「空くん!」


空くんは展示の前まで来ると、
少しだけ絵を見上げた。

静か。

ただ。

ちゃんと見てる。

その横顔を見てるだけで、
なんか落ち着かなかった。

その時。

空くんが言った。

「……いつもの色」

え。

空くんの顔を覗く。

空くんは前を向いたまま、
小さく続ける。

「夕方の」

その言葉だけで。

空くんも、
同じ景色を見てたんだって、
分かった。



「朝比奈くーん!」

女子の声。

振り向く。

空くんと同じクラスの女子たち。

「文化祭おつかれー!」

「このあと打ち上げ行こ!」

「カラオケ!」

楽しそう。

距離、
近い。

空くんも、
普通に話してる。

少し笑ってる。

……あ。

私は無意識に、
展示の方へ視線を逸らした。

その時。

「空も行こうや」

男子まで混ざってくる。

空くんは、
少しだけ黙る。

そのあと。

何も言わずに、
こっちを指差した。

え。

一瞬、
空気が止まる。

女子たちが、
ちょっと気まずそうに笑う。

「あ、そなんだー!」

そのまま去っていく。

静かになる。

私は、
まだ固まってた。

「……空くん」

「なに」

「カラオケ行かなくていいの?」

空くん、
普通の顔。

「走るし」

なんで。

そんな当たり前みたいに言うんだろ。



文化祭終わりの校庭。

空は、
夕焼けと夜の間みたいな色をしていた。

オレンジ。

紫。

少しずつ夜になっていく空。

あの絵と、
同じ。

風が吹く。

静かなグラウンド。

私は走りながら、
少しだけ口を尖らせる。

「……カラオケ、
行かなくてよかったの……?」

私は前を向いたまま、
小さく続ける。

「走る約束してたせいで、
断ったんだよね?」

すると。

空くんは、
少しだけ眉を寄せた。

「俺がそうしたかったから、
断った」

え。

空くんは、
前を向いたまま続ける。

「……こっちの方が、いい」

あまりにも普通の声。

だから余計、
心臓が跳ねる。

私は走りながら視線を逸らした。

熱い。

「……そっか」

やっとそれだけ返す。

その時。
 
空くんが、
少しだけこっちを見る。
 
「……だから」

「え?」

少し間をおいて

「機嫌直せ」

なんなの。

この人。

私は慌てて前を見る。

「し、知らない!!」

走る速度を上げる。

「逃げんな」

後ろから、
少し笑う声。

悔しい。

でも。

嬉しい。

その時。

ふと空を見上げる。

オレンジと紫が混ざる空。

あの日、
描いた空と同じ色。

風。

静かな校庭。

隣を走る空くん。

夕方と夜の間。

私は、
この時間が好きだ。