隣の席の悪魔 〜あの頃は、明日が当たり前だった

十月。

空が高くなった。

暑さも、少しずつ落ち着いて。

放課後の風が、
少しだけ冷たくなってきた頃。

「写生大会だって!」

私はその日配られたプリントを、
両手で持ち上げた。

「テンション高いな」

今日も。

図書室の窓際には、
空くんがいる。

「だって絵好きだもん!」

私はプリントをぱたぱた振る。

「何描こうかなー!」

「うるさい」

「空くんは?」

「適当」

絶対やる気ない。



写生大会当日。

私はスケッチブックを抱えながら、
校庭を歩いていた。

校舎。

花壇。

木。

描けそうなものはいっぱいある。

でも――

私はぼんやり、
いつものランニングコースを見る。

駐輪場。

フェンス。

夕方になると、
オレンジ色に染まる場所。

走り始める前。

空くんと、
当たり前みたいに並ぶ場所。

気づいたら。

私はそこへ向かっていた。



放課後。

教室に残っているのは、
少し前から私ひとりだった。

私は机にスケッチブックを広げながら、
うーんと唸る。

写生大会で描いた絵。

駐輪場。

フェンス。

伸びる影。

でも。

まだ完成してない。

夕方のオレンジから、
夜の紫へ変わっていく空。

あの時間の色を、
ちゃんと描きたかった。

その時。

ガラッ。

後ろのドアが開く。

誰か忘れ物したのかと思って、
振り向く。

そこにいたのは。

「空くん?」

なんで。

別クラスなのに。

空くんは何も言わないまま、
教室へ入ってくる。

そして。

私の前の席を引いた。

くるっ。

椅子をまたぐように座る。

前より、距離が近い。

……近。

空くんは、黙ったまま。

「空くん……
なにしてるの?」

「見てる」

「え?」

「描いてんの」

心臓が、どくんと音を立てる。

なんか。

変な感じ。

「……見られると描きづらい!」

「じゃあ帰る」

「え」

空くんが立ち上がりかける。

その瞬間。

「帰らないで!!」

反射だった。

言った瞬間、
自分で固まる。

何言ってんの私。

空くんが、
少しだけ目を丸くする。

そして。

ふっと笑った。

「……どっちだよ」



それから。

空くんは、
本当にただ黙って見てた。

私の筆の先を、
目で追いながら。

「……あ。
絵の具切れた……」

夜に変わり始める色。

大事に作りたい色なのに……。

すると。

空くんが、
自分の鞄を開いた。

「……使う?」

差し出されたのは、
私が使い切ったのと
同じ色の絵の具。

「いいの!?」

「使わないから」

絶対嘘。

でも。

「ありがと!」

絵の具を受け取る。

少しだけ、
指が触れる。

もらった色を、
空に混ぜていく。

オレンジ。

青。

紫。

少しずつ、
夜になる空。

その時。

「……星野」

「ん?」

「この絵……」

空くんは、
そこで言葉を止める。

たぶん。

同じ場所を思い出してる。

でも。

空くんは少しだけ視線を逸らして、
静かに言った。

「……なんでもない」

空くんの口元が、
少しだけ緩んだ。
 
それだけで。

心臓が、
小さく跳ねた。



数日後。

「つむぎーー!!」

放課後。

教室へ飛び込んできたクラスメイトが、
興奮した声を出す。

「写生大会のやつ、
賞入ってる!!」

「うそ!」

私は立ち上がった。

少し人が集まっている廊下へ向かうと。

そこには。

受賞者の名前が、
一覧で掲示されていた。

私の名前。

ほんとだ。

素直に嬉しくて、
頬がゆるむ。

教室へ戻る時。

入口には、
空くんがいた。

壁にもたれて立ってる。

「どうしたの空くん」

「賞。
……おめでと」

空くんの意外な言葉に、
私は目を丸くした。

「……ありがと。
絵の具も」

空くんは、
小さく頷く。

「文化祭で、
展示されるって」

私は続ける。

「見に来て、
絶対!」

空くんは、
少しだけ目を細める。

そして。

「……気が向いたら」

そう言って。

空くんは、
また前を向いた。