隣の席の悪魔 〜あの頃は、明日が当たり前だった

別のクラスになった、
私と空くん。

去年みたいに。

授業中、
ちょっかいを出して怒られたり。

購買のパンを取り合ったり。

そういうのは、
少し減った。

でも。

会えなくなったわけじゃない。

廊下で会ったら、
相変わらず適当にあしらわれるし。

合同体育では、
煽ってくるし。

相変わらず、
“気が向いたら”走るし。

帰り道も、
ときどき一緒。

それに――



「はぁぁぁ……」

私は図書室のカウンターに突っ伏した。

夏。

西日。

セミの声。

静かな空気。

図書委員って、
思ったより暇。

自分から手を挙げた委員会だけど。

一人でいると、
やっぱり少し寂しい。

「……また溶けてる」

聞き慣れた低い声。

空くん。

いつもの窓際。

いつもの席。

「空くんこそまた来た!」

「暇」

絶対嘘。

だって最近、
毎日いる。

しかも。

毎回、
カウンターから一番近い席。

何でもない顔して座ってるけど、
絶対わざと。



空くんは本を開く。

私は頬杖をつきながら、
ぼーっとその横顔を見る。

長いまつ毛。

静かな顔。

なんか。

空くん見ると、
ほっとする。

その時。

「……なに」

本から目を上げないまま、
空くんが言った。

「え?」

「見すぎ」

……バレてた。

私は慌てて顔を逸らす。

「見てないもん」

「変なやつ」

ふっと小さく笑う声。

空くんは、
こういうところがずるい。



風が吹く。

開いた窓から、
夏の匂いが流れ込んできた。

カーテンが揺れる。

ページをめくる音。

遠くのセミ。

よく効いた冷房。

静かな図書室。

空くん。

空気が心地よくて。

「……眠」

私はそのまま、
カウンターに頬をつけた。

「寝るな」

「むり……」

眠くなる条件、
全部揃ってるもん。

「……風邪引くぞ」

「平気だよ、
夏だし……」

私は目を閉じた。

そのまま。

少しだけ。

ほんの少しだけ――



「……星野」

頭上から聞こえる低い声に、
私はゆっくり目を開けた。

ぼやけた視界。

オレンジ色。

図書室の影が、
さっきより長く伸びていた。

そして。

目の前には、
空くん。

「……っ!?」

近っ。

私は勢いよく起き上がる。

すると。

ぱさっ。

肩から、
何かが落ちた。

……ジャージ。

私は瞬きをする。

……これ。

もしかして。

「空くんの?」

空くんは、
少しだけ目を伏せた。

「……寒そうだったから」

私は慌ててジャージを拾い上げ、
抱きしめる。

……あったかい。

「……ありがと」

小さく言うと。

空くんは自分の席へ戻りながら、
ぽつりと呟いた。

「別に」

またそれ。

でも。

耳、
ちょっと赤い。

私は思わず笑った。

さっきまで気になってたこと、
もう忘れてた。



閉館時間を知らせるチャイムが、
小さく図書室に響く。

窓の外。

入道雲。

オレンジ色の空。

私はジャージを畳みながら、
小さく笑った。

「空くん」

「なに」

「やっぱ図書室好きかも」

空くんは、
少しだけ目を細める。

「……うるさいのに?」

「うるさいって言うな!!」

「はは」

また、
笑ってる。

西日が。

静かな図書室を、
ゆっくりオレンジ色に染めていく。