隣の席の悪魔 〜あの頃は、明日が当たり前だった

ーーー中学一年生の、春。

グラウンドの向こうに、大きな入道雲が浮かんでいた。

「うるさ。
走りながら喋んな」

「空くんこそ!」

「喋ってない」

「今喋った!」

あの頃の私は、まだ何も知らなかった。

この瞬間が、
どれほど眩しく思えるのかも。

――何気ない毎日が、

かけがえのないものになることも。



初めて”同志”を見つけたのは、入学式の日だった。

隣の下駄箱に手を伸ばす、
ひとりの男の子。

……え?

――小さい。

待って。

ちっちゃい!!!

いた。

ついに。

見上げなくていい男子が。

目線の高さが変わらない横顔を、
じーーーーっと見つめる。

毛先が揺れる髪。

白い肌。

切れ長の目。

なんか静かそう。

ありがとう神様。

ちゃんといた。

私の同志。



少し前。

「ちびーーーーーーー!!
何組だったー??」

入学式が終わったばかりの体育館に、やたら響く声。

四月の空気。
まだ少し大きい制服。

窓の外には、
春っぽい青空。

なのに。

うるさい。

ほんっとにうるさい。

「しぃーー!!」

私は慌てて振り返る。

「声大きいってば!」

「へへ、怒った怒った」

まったく悪びれてない顔で笑う男子たちを、軽く睨んだ。

小学校から一緒の友達。

そして。

昔から私を散々バカにしてきた、
悪いやつら。

私のあだ名は――
チビ。

星野 紬(ほしの つむぎ)

現在の身長、
平均身長マイナス10センチ。

……つまり。

私は、小さい。

みんな、
制服がやたら大人っぽく見えるのに。

私だけ、
まだ小学生感が抜けない。

渡り廊下の手前に貼り出されたクラス名簿も、少し高い。

「で、何組?」

「二組」

「おっ、俺ら一組!」

「はいはい」

適当に返事をしながら、私は歩き出した。

「つむぎ、その、
寂しいと思うけどーー」

横を歩く友達を見上げる。

彼女は、
なんとも言いづらそうに苦笑いしている。

「大丈夫!」

私はすぐに笑ってみせた。

「とりあえず、
隣の席の人に話しかけるし!」

少し長めに作ってもらった制服の袖を、私は折り返す。

新しい制服。
新しい教室。
新しい友達。

今日から中学生。

ちょっと、
大人になった気分。

……なのに。

仲良しの友達は、
みんな別のクラス。

一体、
何の嫌がらせ?

それに。

「首、痛いし……」

首をさする。

だって。

みんな、
大きすぎる!

見渡す限り、
背の高い人ばっかり。

成長期って、
不公平すぎない?

あぁ、また袖が下がってきた。

「つむぎなら、
大丈夫だね!」

そう言って先に帰っていく友達に、手を振り返した、その時。

視界に入ったのが。

――あの同志だった。

私は、
じーーーーっと見つめる。

その男の子は、私の視線なんて気づかないまま、昇降口を出ていく。

第一印象は。

“小さくて静かそう”

ただそれだけだった。

……まさか。

その男の子が、
私の日常になるなんて。




翌日。

中学校最初の、
ちゃんとした登校日。

昨日の入学式は、式典のあとそのまま下校で、友達を作る暇なんてまるでなかった。

だから今日が。

今日こそが、
本番なのだ。

友達ができるかどうか。

学校生活を楽しめるか。

私は初日にかけている!

私の席は――

窓側、
後ろから二番目。

悪くない。

むしろ良い位置。

問題は。

隣。

黒板に貼り出された席次表には、

朝比奈 空(あさひな そら)

と書かれている。

空って、
あの――

ガタン。

隣の席が引かれる音。

「……え」

顔を上げる。

そこにいたのは。

昨日見つけた、
“同志”だった。

え。

うそ。

隣!?

心の中で拍手した。

同志が、
ゆっくりこっちを見る。

切れ長の目。

なんか怖い。

でも。

大丈夫。

ちゃんと視界に入る高さだし。

「……」

いやいや。

「……」

無言て。

気まずい。

ここは私から行くしかない。

だって。

同志だもん。

私はぐいっと身を乗り出した。

「ねぇ!!」

「……なに」

低っ。

声、
思ったより低っ。

「空くんだよね!?」

ぴくっと、
空くんの眉が動いた。

「……なんで知ってんの」

「有名だもん」

昨日、友達が言ってた。

静かで、
全然喋らなくて、
頭が良いやつ。

まさかそれが、私の同志のことだとは、思わなかったけど。

「初めましてって言いたいとこだけど!
それがさぁ、
初めましてじゃないんだよっ」

「……は?」

嫌そうな顔。

ふふん。

これ言ったら、絶対びっくりする。

私は得意げに胸を張った。

「私ね!
昨日、空くん見つけたの!」

「……なにそれ」

「小さい人いたーーー!!
って思って!」

…………。

空くんの表情が、すっと消える。

教室の空気が、ほんの少し冷えた気がした。

そして、ひと言。

「……お前、
喧嘩売ってんの?」

――これが、
私の隣の席の悪魔との、
本当の出会いだった。