隣の席の悪魔 〜あの頃は、明日が当たり前だった

春なのに。

この学校の体育館は、
少し寒い。

そのせいで。

「さむ……」

私は半袖の腕をさすった。

その瞬間。

後ろから、
低い声。

「気合い入ってるな」

振り向く。

空くん。

ジャージ姿。

私は一気に顔をしかめた。

「違うの!!
ジャージ忘れたの!!」

すると。

空くんが、
呆れたみたいに笑う。

「バカ」

「うるさい!」

私はむっと頬を膨らませながら、
クラスの列へ向かった。



今日は合同体育。

列に並びながら、
ちらっと別クラスの方を見る。

空くん。

少し離れた場所。

その瞬間。

空くんも、
こっちを見た。

目が合う。

私は、
にやっとした。



先生の話が終わった瞬間。

私は走って、
空くんのところへ向かった。

「空くん!」

「なに」

「バレーだって!」

「聞いてた」

「身長の暴力スポーツ!」

「ひどい言い方だな」

空くんは、
少しだけ笑ってる。

私はむっと頬を膨らませた。

「だって絶対不利じゃん!」

「お前は特にな」

「空くんもだからね!?」

その時。

先生の声。

「身長順で
チーム分けするぞー!」

そして。

先生が、
私を指差した。

「星野、
こっちな」

「朝比奈は、
そっちのチーム」

……え?

私はゆっくり、
空くんを見る。

空くんは、
普通の顔。

でも。

私は納得いかない。

「えーー!?」

「身長だ身長」

先生、
即答。

「なんでよー!」

せっかく合同なのに。

私はぶつぶつ言いながら、
反対側へ移動する。

その時。

同じチームになった葛西くんが、
にやにや笑った。

「園児、
保護者と離された」

「誰が園児よ!!」

私は叫ぶ。

空くんを見ると、
やれやれと言いたげな顔。

むかつく。

こうなったら、
絶対負けない。



試合開始。

笛の音。

ボール。

体育館の床を擦る音。

空くん、
普通に上手い。

レシーブ。

サーブ。

スパイク。

全部さらっとやる。

「朝比奈くんナイス!」

女子たちが、
きゃーきゃー言ってる。

ぱちん。

女子とハイタッチ。

その瞬間。

空くんが、
ちらっとこっちを見る。

そして。

ニヤッと笑った。

……むかつく。



「紬ー!」

葛西くんが、
ボールを上げる。

高い。

「え、
待って高っ!!」

私は力いっぱい飛び跳ねる。

届かない。

「くっ……!!」

その瞬間。

ぽん。

反対側のネットから、
空くんが軽く打ち返した。

綺麗にこっちのコートへ落ちる。

「朝比奈くんナイスー!!」

女子たち、
また盛り上がってる。

……なんか、
悔しい。

私はむっと頬を膨らませた。

ネットの向こうで、
空くんが少しだけこっちを見る。

「お前が低すぎ」

「空くんもでしょ!!」

「俺は跳べるし」

……むかつく。

でも。

実際、
空くんはめちゃくちゃ跳ぶ。

「ずるい!!」

「才能の差」

その時。

葛西くんが、
後ろで吹き出した。

「低身長同盟うるさ」

「今は敵だもん!」

私はボールを拾いながら、
むすっと言い返した。

◇ 空 side ◇

星野は、
無駄にすばしっこい。

絶対落ちると思ったスペースに、
変なところから飛び込んでくる。

そのくせ。

上げられたボールには届かない。

意味が分からない。

その時。

「っ、とれた!!」

床ギリギリ。

星野がまた、
ボールを拾い上げる。

「うお、
ナイス!」

葛西が、
勢いよく手を上げた。

星野は飛び跳ねて、
自分の手をぶつける。

ぱちん。

葛西がでかいせいで、
ハイタッチするだけなのに、
毎回ちょっと飛んでいて不憫。

そしてその度に、
星野は俺を見て、
べーっと舌を出す。

……なんだあの顔。



試合終了と同時に。

私は床へ座り込んだ。

擦りむいた膝を撫でながら、
額の汗を拭う。

「つかれたぁ……」

その時。

ぶるっ。

肩が震えた。

……さむ。

そこで初めて思い出す。

ジャージ、
忘れてたんだった。

試合には負けるし。

空くんはむかつくし。

寒いし。

ついてない。

私が項垂れた、
その瞬間。

「落ち込み過ぎ」

顔を上げる。

涼しい顔の、
空くん。

「着れば」

自分のジャージを差し出しながら、
空くんが言った。

「え、
空くんは?」

「別に平気」

「勝者の余裕?」

「なんだそれ」

「……ありがと」

私はジャージを受け取って、
頭からスポンとかぶった。

ほんの少しだけ大きい。

でも。

思ったほど、
ぶかぶかじゃない。

袖が、
ちょっと長いくらい。

空くんが、
小さくて助かった。

『低身長同盟』

さっきの葛西くんの言葉を思い出して、
私はクスッと笑う。

……あったかい。

私は、
ジャージの襟元へ顔を埋めた。

「……空くんのジャージ、
あったかい」

その瞬間。

隣で、
空くんがぴたりと止まる。

「……別に、
誰のも一緒だろ」

その時。

「うわ」

後ろから、
葛西くんの声。

私と空くんは、
同時に振り向く。

葛西くん、
めちゃくちゃ笑ってる。

「なに」

葛西くんが、
私の胸元を指差した。

そこには。

白い刺繍文字。

『朝比奈』

「“彼ジャージ”の割に、
めっちゃぴったり」

すると。

隣で空くんが、
小さく眉を寄せた。

「……どういう意味だよ」

「別にー?」

葛西くん、
肩震わせながら笑ってる。

ノッポの言うことは、
ちょっとよく分からない。

同盟組んでないから。

その時。

先生の笛。

「おーい!
片付けろー!」

「あ、やば!」

私は慌てて立ち上がる。

その瞬間。

空くんが、
こっちを見て。

少しだけ、
いたずらっぽく笑った。

「……似合ってない」

「えぇー?」

私は袖を掴む。

「似合ってるもん!!」

すると。

空くんが、
小さく吹き出した。

「自分で言うな」

「事実でしょ!」

体育館に、
また葛西くんの笑い声が響く。

隣で。

空くんの口元が、
少しだけ緩んだ。