隣の席の悪魔 〜あの頃は、明日が当たり前だった

窓から入る風が、
暖かくなってきた。

春。

新しいクラス分けの紙の前には、
朝から人だかりができている。

「えー!
離れたぁ!」

「また一緒じゃん!」

廊下に、
騒がしい声が響く。

私は背伸びしながら、
クラス表を見上げた。

……

見えない。

「ちび、
そこ届いてないぞ」

後ろから笑い声。

「うるさい!!」

私は肘で男子を押しのけながら、
必死に目を凝らした。

二年三組。

その下。

|星野 紬

よし。

見つけた。

その瞬間。

胸がざわつく。

私は、
もう一度視線を動かした。

……空くんは?

「……あ」

見つけた名前。

|朝比奈 空

一組。

別クラス。

その瞬間。

周りの騒がしさが、
少しだけ遠くなるのを感じた。



教室。

新しい席。

新しいクラス。

窓の外。

春の青空。

去年とは違う景色。

私は頬杖をつきながら、
ノートをめくる。

「……変な感じ」

去年まで。

隣を見れば、
空くんがいた。

でも。

今はいない。

その時。

ガラッ。

教室の後ろのドアが開く。

「星野」

低い声。

反射で顔を上げる。

「空くん!」

空くんは、
去年と変わらない顔で、
私の席まで来た。

「……定規」

「え?」

「借りてたやつ。
助かった」

あ。

「そうだった!
ありがと!」

受け取る時、
少しだけ指が触れた。

一瞬、息が詰まる。

……最近こういうの、
少し増えた。

空くんは何も言わないまま、
私の机を見る。

「……騒がしい」

「え?」

「ここ」

私は瞬きをする。

「空くんのとこ、
……静かだった?」

空くんが止まる。

「……別に」

私はニヤリと笑う。

「静かなの、
好きなくせに」

「うるさい」

被せるように呟いて、
空くんは視線を逸らした。



放課後。

私は駐輪場で立ち止まる。

空くんと走る時、
いつも待ってる場所。

クラス替えって、
なんか嫌い。

その時。

「帰んないの」

後ろから聞こえた声に、
振り向く。

空くんは、
カバンを肩にかけたまま、
眠そうな顔をしてる。

「空くん!」

「……なに」

「なんか久しぶり!」

「今日も会ってる」

確かに。

でも。

……違う。

授業中。

隣を見ても。

放課後。

鞄を持つ時も。

いないじゃん、
空くん。



夕方。

風。

少し暖かい。

川沿いの桜は、
まだ少しだけ花びらを残していた。

「空くん」

「なに」

「二年生でも、
走ってくれる?」

空くんは、
前を向いたまま。

「……気が向いたら」

あ。

またそれ。

私は小さく笑った。

「それ、
来るやつじゃん」

空くんは何も言わない。

その代わり。

少しだけ笑ってた。



帰り道。

二年生になったけど、

隣を歩く人は、
変わらない。

風が吹く。

桜の花びらが、
ふわっと舞った。

その中を歩く空くんを見ながら、
私はふと思う。

空くんのこと。

去年より、
ずっと知ってる。

小さいのに、
歩幅が大きいこと。

負けず嫌いなこと。

時々、
意地悪に笑うこと。

私は、
もう一度隣を見る。

空くんは気づかないまま、
前を向いて歩いている。

春の風が、静かに吹いていた。