隣の席の悪魔 〜あの頃は、明日が当たり前だった

「17時までに宿に戻るように」

班行動。

先生の声と同時に、
みんなが一斉に散らばっていく。

どこを見ても、
制服の中学生だらけ。

観光地なのに、
修学旅行って感じしかしない。

「うわぁぁ!!」

私は辺りを見回した。

「すごい!
空くん見て!!」

「見えてる」

空くん。

相変わらず、
ちょっと眠そう。

班は席の位置で分けられたから、
空くんも、
葛西くんも一緒。

「つむぎ!
あっちのお店行こ!」

女子たちが、
楽しそうに私の腕を引っ張る。

「待って待って!」

私は反射みたいに、
空くんを振り返った。

空くんは目を細める。

「迷子なるなよ」

「ならないし!」

私はにっと笑って、
手を振った。

◇ 空 side ◇

女子たちに腕を引っ張られながら、
星野が走っていく。

「つむぎ!あっち!
可愛いのあった!」

「待って待って!」

騒がしい。

でも。

あいつ、
ずっと楽しそうだった。

その後ろ姿を見ながら、
葛西が横で吹き出す。

「なに」

俺が少し眉を寄せると、
葛西はにやにや笑ったまま言う。

「いや、
あいつ無意識に
空に確認取ってたなって」

「は?」

「“行っていい?”
みたいな顔してたじゃん」

俺は肩をすくめる。

「あほだから」

「でも、
そんな星野紬も
裏でモテるタイプ」

「……なんだそれ」

葛西は腕を組みながら言う。

「元気で話しやすいし、
距離近いし、
放っとけない感じあるじゃん。
チビだし」

俺は眉を寄せた。

そんなこと、
考えたことなかった。

星野って。

うるさいし。

勝手についてくるし。

……なんか。

気づいたら、
隣にいるやつだったから。



お土産物屋。

お菓子の試食。

友達と過ごす、
非日常な時間。

修学旅行って、
なんでこんな楽しいんだろ。

「写真撮ろー!」

「待って変顔やめて!!」

笑い声。

シャッター音。

ずっと楽しい。

その時。

集合時間まで、
あまり時間がないことに気づいた私は、

「あ、
ちょっとトイレ行ってくる!」

「はーい!」

小走りで、
店の奥へ向かった。



数分後。

「……あれ?」

トイレを出た瞬間。

みんないない。

え。

私はきょろきょろ辺りを見回す。

人。

人。

人。

しかも。

みんな背高い。

見えない。

「うそ……」

私は慌てて歩き出した。

でも。

どこも似た景色。

人も多い。

やば。

完全に分かんなくなった。

その時。

人混みに押される。

「わっ」

前が全然見えない。

背が低いって、
こういう時ほんと嫌。

私は人の間をくぐり抜けながら、
必死に辺りを見回した。

その時。

「星野さん?」

後ろから声をかけられて、
振り向く。

別班の男子だった。

「どうした?」

「ちょ、ちょっと迷って……」

うわ。

恥ずかしい。

その瞬間。

男子が苦笑いする。

「誰と一緒?
探す?」

私は小さく頷いた。

◇ 空 side ◇

班の集合場所。

満足そうな顔で、
女子たちが戻ってくる。

俺は小さく辺りを見回した。

「……星野は?」

その瞬間。

女子たちが止まる。

「え!?」

「つむぎ、
戻ってないの?」

俺は小さくため息をつく。

「……はぁ」

やっぱり。

葛西が横で吹き出す。

「保護者、
出動?」

「うるさい」

俺は踵を返して歩き出した。

人混み。

ざわざわした声。

その中で、
小さいやつを探すのは、
結構無理がある。

……こういう時、
自分の身長も恨む。



「あ!!空くん!!」

聞き慣れた声。

振り向く。

人混みの向こう。

いた。

「……星野」

その瞬間。

気づけば、
息を吐いていた。

「ご、ごめん!!
迷った!!」

息切れてる。

顔真っ赤。

世話が焼ける。

「……だから言った」

「だって人多いし!!」

「言い訳」

星野はむっと頬を膨らませる。

その時。

星野の隣に立っていた男子が、
苦笑いしながら言った。

「星野さん、
めっちゃ焦ってたよ」

「ち、違うし!!」

「いや、
普通にオロオロしてたじゃん」

「言わないでよー!」

星野が、
男子の肩を叩く。

『裏でモテるタイプ』

葛西の言葉が、
頭の隅に残ってた。

「でも、
ありがと!
ほんと助かった!」

星野が礼を言うと、
そいつは手を振りながら走っていった。

星野が、
ちらっと俺を見る。

舌を出して笑ってる。

反省してる顔じゃない。

「……ほんとばか」

呟いて、
歩き出す。

「ごめんなさいってばー」

俺は、
少し考えてから言った。

「……仲良くなりすぎ」

「え?」

「この短時間で」

俺は前を向いたまま続ける。

「何?
なんのこと?」

「さっきのやつ」

「え」

「どんなコミュ力してんだよ」

星野は、
不思議そうに首を傾げた。




「どんなコミュ力してんだよ」

……え、
何急に。

不思議に思っていると、
空くんのすぐ後ろから、
班のみんなが顔を出した。

「つむぎー!
ごめん!
てっきり戻ってると思って!」

手を合わせて謝るみんなに、

「こっちこそ、
ほんとごめん!」

と慌てて返す。

その時。

「よー迷子さん。
空見つけた瞬間、
顔変わったな」

葛西くんが、
にやにや笑いながら近づいてきた。

「か、変わってないし!!」

「いや、
めっちゃ安心した顔してた」

「……安心は!
そりゃ!!
しましたとも!!」

私が叫んだ瞬間。

空くんの肩が、
少し揺れた。

胸の奥が、
ふっと軽くなる。

「……空くん、
許してくれた」

「は?」

「笑ったもん」

「笑ってない」

「笑った!」

「うるさい」

私は、
空くんの隣に並ぶ。

今度は、
ちゃんと離れないように。