隣の席の悪魔 〜あの頃は、明日が当たり前だった

十二月。

吐く息が、
白くなり始めた。

放課後。

校門を出た瞬間。

「さっっむ!!」

私は肩を縮めた。

風。

冷たい。

冬って急に来る。

「うるさい」

隣の空くんは、
ネックウォーマーに顔を埋めたまま、
普通に歩いてる。

なんなのこの人。

寒くないの?

「空くんほんと平気なの!?」

「寒い」

「絶対嘘!」

あんまり寒いから、
放課後のランニングは、
暖かくなるまで休憩。

私は手を擦り合わせながら、
空を見上げた。

冬の空。

まだ夕方なのに、
かなり暗い。

その時。

「……星野」

「ん?」

空くんが、
ちらっとこっちを見る。

「手」

「え?」

「真っ赤」

私は自分の手を見る。

ほんとだ。

冷えすぎ。

私はそのまま、
ふらっと自販機の前で立ち止まった。

「あったかいの飲みたい……」

「帰ったら飯だろ」

「甘いものは別腹」

「便利な腹してんな」

むっ。

その時。

空くんが視線を逸らした。

そして。

「……寄る?」

「え?」

「コンビニ」

私は一瞬で顔を上げた。

「行く!!!」

「声でか」

空くんは、
小さく笑ってる。



コンビニ。

あったかい。

生き返る。

「はぁぁぁぁ……」

私は暖房の前で、
ため息をついた。

「おばあちゃんか」

「むかつくー!」

「ふん」

私はレジ横を見る。

そして。

「あっ」

肉まん。

湯気。

「おいしそう……」

空くんがこっちを見て、
目を細めた。

そして。

そのままレジへ向かう。

……え?

不思議そうに見ている私の手の中へ、
ぽいっと熱いものが置かれた。

「え」

肉まん。

「……肉まん」

「寒いってうるさいから」

……絶対、
照れてる。

私は顔が綻んだ。

「ありがと!!!」

勢いよく袋を開ける。

湯気。

幸せ。

「いただきま――あつ!!!!」

思いっきり口を押さえた。

熱っ。

熱すぎ。

涙出る。

「ふーっ、ふーっ……」

「……何してんの」

「冷ましてる!」

「子どもかよ」

「舌なくなるよりマシ!!」

その瞬間。

ふっ。

空くんが吹き出した。

え。

今。

めっちゃ笑った。

「空くん今笑った!!!」

「笑ってない」

「絶対笑った!!」

「うるさい」

その時。

「あっ」

熱さで持ち替えた肉まんが、
手から滑りそうになる。

ぐらっ。

終わった。

落ちる――

と思った瞬間。

すっ。

空くんが片手で受け止めた。

「……危な」

「空くん神!!!」

「大袈裟」

気を取り直して、
もう一度大きく口を開けた時。

「……一口ちょうだい」

「え?」

目を丸くする私を見て、
空くんは視線を逸らした。

「食うの遅いし」

……え。

私は、
手の中の肉まんを見る。

これ。

私、
もう食べた。

……え。

それって。

「……なに」

空くんが眉を寄せる。

私は慌てて顔を上げた。

「い、いやっ、
別に!!」

声、
裏返った。

次の瞬間。

空くんが、
肉まんを持つ私の手を、
軽くおさえる。

私は、
息を止める。

空くんは平然とした顔のまま、
一口かじった。

「……っ」

コンビニの明かり。

白い湯気。

冬の空気。

……無理。

心臓、
うるさい。

空くんは何事もなかったみたいに、
もぐもぐしながら言う。

「……あつ」

「そりゃそうでしょ!!」

……私だけ。

私だけ、
顔が熱い。



帰り道。

風が強い。

「っ……」

私は立ち止まった。

気づいた空くんも、
足を止める。

「星野」

「ん?」

「……こっち歩けば」

「え?」

空くんが、
道路側へ出る。

そして。

私を、
内側へ。

「風強いから」

え。

なにそれ。

なんなの。

優しい。

……ずるい。

白い息が、
歩くたび夜に溶ける。

静かな帰り道。

聞こえるのは。

風の音と。

私たちの靴の音だけ。

その時。

空くんが、
目を伏せたまま言った。

「……風邪引いて休むなよ」

え。

私は、
隣を見る。

「隣の席。
……いないと、静かだから」

空くんは、
前を向いたまま。

……静かなの、
好きなくせに。

私は、
うまく返事ができなかった。

空くんが、
もう歩き出してたから。

私の心臓の音が、
うるさかったから。

ただ。

いつもより距離の近い、
隣の悪魔と。

並んで歩くだけで、
いっぱいいっぱいだった。