隣の席の悪魔 〜あの頃は、明日が当たり前だった

「はぁぁぁ……」

私は机に突っ伏した。

窓の外。

オレンジ色。

風だけ、
少し冷たい。

「眠い……」

「授業中も寝てただろ」

隣の空くんを一瞥して、
私はまた机に頭をおろす。

「寝てないし!」

「白目だった」

「最悪っ!!」

「はは」

最近。

空くんが、
前より笑う。

……気がする。 



空くんが、
教科書をカバンにしまいながら立ち上がった。

「帰る?」

「うん!」

私は勢いよく立ち上がる。

「……図書室寄る」

「え?」

空くんは視線を逸らした。

「本、
返すの忘れてた」

「空くん、
本読むんだね」

「まあ」

「勉強の本しか読まなそう」

「失礼」

そう言いながら、
やっぱり少し笑ってる。

私はカバンを背負い直した。

「じゃあ私も行く!」

「なんで」

「暇だから!」

「……あっそ」

つれない返事。

でも。

こういう時。

空くんが、
嫌なわけじゃないってことを、
私は知ってる。

上機嫌で、
空くんの後を追った。



図書室。

静かな空気。

窓から差し込む、
夕方の光。

ページをめくる音だけが、
小さく響いている。

空くんは、
慣れた手つきで本の返却手続きを済ませた。

「空くんって、
図書室よく来るの?」

「たまに」

絶対嘘。

慣れてるもん。

私は本棚の間を歩きながら、
背表紙を眺めた。

その時。

ふわっと風が吹く。

「……あ」

甘い匂い。

私は窓の外を見る。

夕焼け。

揺れる木。

そして。

「金木犀」

私は瞬きをした。

「空くん、
分かるんだ」

「……有名だろ」

「えー、
なんか意外」

「だから失礼」

口元が緩む。

窓から入る風。

オレンジ色の光。

金木犀の匂い。

静かな図書室。

ページをめくる音。

隣には、
空くん。

私は小さく、
息を吐いた。
 



帰り道。

空はもう、
少し暗い。

街灯が、
ぽつぽつ光り始めている。

私は空を見上げながら歩く。

「秋ってさ」

「ん」

「なんか寂しくない?」

空くんは、
ちらっと私を見て答える。

「なんで」

「夕方早いし。
……夏が終わるって感じする」

沈黙。

風。

金木犀の匂い。

その時。

空くんの声だけが、
静かに落ちた。

「……でも嫌いじゃない」

え。

隣を見る。

空くんは、
前を向いたまま。

「静かだから」

……ああ。

なんか、
空くんっぽい。

「空くんって、
ほんと静かなの好きだよね」

「お前がうるさいだけ」

「もう!」

空くんの背中を押した。

すると。

「はは」

空くんが、
また笑った。

涼しい風の中で。

胸の奥だけ、
あったかかった。

 
◇ 空 side ◇

金木犀の匂い。

静かな図書室。

夕方の光。

そういう空気、
嫌いじゃない。

……隣に、
あいつがいても。

不思議と。

ちゃんと秋は、
静かだった。