隣の席の悪魔 〜あの頃は、明日が当たり前だった

九月。

暦では秋なのに、
まだ夏みたいな暑さが残っていた。

空は真っ青で。

大きな入道雲は、
相変わらず空の端にそびえ立っている。

グラウンドの照り返しが眩しい。

「暑っっっ……」

私はタオルで顔をあおぎながら、空を見上げた。

体育大会。

朝からずっと、
グラウンドは騒がしい。

笛の音。

応援の声。

スピーカーから流れる音楽。

全部ごちゃごちゃしてる。

でも。

楽しい。

だって青春だから!

「星野ー!!
次出番だぞ!」

クラスメイトに呼ばれて、
私は慌てて立ち上がる。

「うわ、やば!」

リレー。

緊張する。

でも。

ちょっと楽しみ。

だって。

空くんと走ってたから。

きっと前より
速く走れる気がする。

私はスタート位置へ向かいながら、ふと観客席を見る。

……いた。

空くん。

木陰で腕組み。

眠そう。

なんでそんなに涼しそうなの。

その隣には、
葛西くん。

こんな時でもノッポ。



「位置について――」

ピストルの音。

ダッ。

地面を蹴って走り出す。

風。

歓声。

太陽。

全部ぐちゃぐちゃなのに、
やっぱり気持ちいい。

なんでかって。

青春だから!!!

「星野ーー!!」

え。

声は、
さっき見た木陰から。

空くん。

立ってる。

「前見て走れー!!!」

その隣で、
葛西くんが腹抱えて笑ってる。

……言わされたな?

でも。

それでも。

空くんの声、
ちゃんと聞こえた。

笑ってしまう。

負けたくない。

空くんの前だと、
余計に。



「……はぁっ……」

競技を終えた私は、
テントに座り込んだ。

暑い。

汗。

やばい。

その時。

「うわっ」

冷たいペットボトルが、
頬に当てられる。

顔を上げる。

空くん。

「……死にそうじゃん」

「空くんの応援のせいでしょ……」

「は?」

「なんか叫んでたし!」

空くんが止まる。

その後ろで、
葛西くんが肩を震わせてる。

「いやー、
空の叫びはレアだったわ」

「葛西黙れ」

声。

ちょっと掠れてるし。

耳。

……わかりやす。

私は吹き出した。

「ありがと」

ペットボトルを改めて頬に当てる。

冷たくて気持ちいい。

その時。

空くんが、視線を逸らした。

「……速かった」

え。

「褒めた!?」

「別に」

「今絶対褒めた!!」

「うるさい」

でも。

口元、
笑ってる。




午後。

空くんの出場競技は、
長距離走。

スタート位置へ向かう空くんに、私は思いっきり手を振った。

「空くーーーん!!!」

周りがちょっとこっちを見る。

でも。

気にしない。

「一位じゃなきゃ
ジュース奢りだからーーー!!!」

空くん、
口に人差し指を当てて、
目を細める。

“うるさい”
って顔。

葛西くんは、
相変わらず笑ってる。

「お前らほんと面白ぇな!!」

空くんは視線を落として、
そのままスタート位置についた。



結果。

空くん。

普通に一位だった。

「なんかさぁ」

私はスポーツドリンクを飲みながら、むすっと口を尖らせる。

「苦しい時に、
私の応援思い出して頑張る、
みたいなのは?」

「なに?」

「はぁ。
こっちの話」

応援で元気づけられたの、
私だけってのがムカつく。

その時。

空くんが、
首の後ろに触れながら言った。

「……走っといて、
よかったよ」

汗。

風。

入道雲。

もう九月なのに、
夏みたいに真っ青な空。

空くんは、
少し笑っていた。