「そういえば、雅さん」
「うん?」
「いつから犬が苦手なんですか?」
僕がそう聞くと、雅さんは「よくぞ聞いてくれました」とばかりに、わざとらしく咳払いをした。
「すっごく小さい時にね、人間くらい大きな犬に、頭から一口で食べられそうになったの」
「人間くらい……?」
「うん、すっごく大きくて、前足であたしを押さえつけて、頭から食べようとしたんだよ」
「……で、無事だったんですか?」
「無事だったから今あたしがここにいるんでしょ」
雅さんが僕を睨む。
「いや、そうじゃなくて……お父さまが助けてくれたんですか?」
「んー、それが覚えてないんだよね。なんせパニックだったから」
「ふーん……」
人間くらい大きい犬、って本当に犬?
そんな犬が日本に……地球上に存在しただろうか。
だけど雅さんのいうとおり、幼い頃のパニックの記憶だから、恐怖ですごく大きく見えたのかもしれない。
もし僕も人間サイズの犬に前足で押さえつけられたら……同じようにトラウマになってただろうな、と思った。
桐ヶ崎邸の門が、もう、すぐそこに見えていた。
「じゃあね、真央。今日はありがと」
「はい。お疲れさまでした」
「明日は犬の準備とか手伝ってね」
「はいはい」
「じゃ、また明日ね!」
雅さんは犬を連れて、ぱたん、と大きな門の中へ消えていった。
さっきまでうっすらと残っていたオレンジの夕暮れが完全に消えて、もう夜がすぐそこまで来ていた。
僕は、自分の家のほうへ向かって歩きはじめる。
――今日、僕はたぶん。
あの日以来、はじめて、雅さんをちゃんと「守れた」気がする。
そんなことを考えながら歩いていたら、ふと僕が「みやびちゃんのぼでぃーがーど」になった日が頭の中によみがえった。


