「おねえちゃん、ほんとにありがとう!」
千夏さんの妹が雅さんに駆け寄る。
その腕の中にはマロンより小さくて白い――犬。
「うっ」
雅さんから聞こえるか聞こえないかくらいの声が漏れた。
だけど後ろにいる僕にはその表情は見えない。
「まあ……かわいいワンちゃんね」
「うんっ、この子はミルク。マロンとも仲良しなんだ」
「そうなの。マロンがミルクのもとに戻れてよかったわね」
「うん! ありがとう、おねえちゃん! ……ミルクのこと触る?」
雅さんの肩が、僕にだけわかるくらいわずかに、ぴくりと跳ねた。
「……い、いま、手が少し汚れているの。ミルクの白い毛が汚れてしまうかもしれないから、遠慮しておくわね」
小鳥のさえずりのような可愛らしい声で、雅さんがそう言って小さく首を傾けた。
長い髪がサラサラと肩を滑って、その姿はどこからどう見ても桐ヶ崎家のお嬢様だった。
ほら、雅さんは仮面がなくても大丈夫なんですよ。
……なんて言ったら、雅さんがどんな顔をするか想像できてしまう。
そして千夏さん一家が車に戻ろうとしたとき。
「最後にひとつだけ、いいかしら?」
雅さんがそう言って、しゃがんでマロンと目線を合わせた。
そして、千夏さんに聞こえないくらいの小さな声で、マロンの耳元に囁いた。
「……あんた、今日、真央しか知らないあたしの秘密をたくさん見たでしょ」


