「……みやびちゃん。もう大丈夫だよ」
そんな落ち着いた真央の声と同時に、温かい手のひらがあたしの肩に触れた。
その声におそるおそる顔をあげると、目の前に真央が立っていた。
あの日より大きな真央の影が、あたしに落ちている。
真央のいつも通りの声にほっとしたのも束の間、真央の後ろの二つの目と目があった。
犬――!
「ま、真央っ! 逃げ――」
「雅さん、大丈夫」
真央が、ゆっくりと犬の目の前にしゃがんだ。
そしておばあさんにもらった袋の中に手を突っ込んだかと思ったら、ブルーベリーを数粒取り出して、そっと地面に置いた。
「真央、なにしてんの……?」
思わずひそひそ声で真央に尋ねる。
「……お腹が空いてるのかも」
真央も同じように小声でそう言った。
「犬ってブルーベリー食べるの?」
「わからないけど……食べられないなら、食べないんじゃないですかね」
真央の声は、小さかったけれど落ち着いていた。
でも、その指先は小さく震えている。
野良犬は低く唸ったまま、鼻をひくひくと動かした。
一歩。
もう一歩。
野良犬は、ゆっくりと真央に近づいていく。
真央は動かない。
あたしも、息を止めたまま動けなかった。
やがて犬は、真央の足元に転がったブルーベリーをひとつ、ぺろりと舐めた。
それを見て、あたしと真央は同時に小さく息をついた。
地べたに転がった数粒のブルーベリーを一瞬で食べ終えた野良犬が、こっちを見た。
「……っ!」
それだけであたしの息は、簡単に止まってしまう。
それなのに何を血迷ったのか、真央はそっと犬の鼻先より少し低いところへ手のひらを差し出した。
「よしよし。怖くないよ。怖くないからね……」
しばらくして、犬が真央の指先に鼻を寄せた。
その瞬間、真央の肩が小さく跳ねる。
……真央も、怖いんじゃん。
それなのに真央は逃げなかった。
犬は真央がどんな人間なのかを見定めるみたいに、クンクンと匂いを嗅いでいる。
「大丈夫。何もしないよ」
真央の、低いけれどやわらかい声を、犬は黙って聞いていた。
犬はしばらく匂いを嗅いだあと、真央の手のひらをぺろんと舐めた。
それが合図みたいに、真央はゆっくりと手を持ち上げて、犬の頭をそっと撫でた。


