僕の記憶の中の『みやびちゃん』はいつも後ろ姿だった。
桜の散る庭、よく晴れた公園、雨上がりの水たまり。
場所はばらばらなのに、思い出すといつも同じ。
少し前を走っていく小さな背中と、その後ろを必死で追いかける、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの自分。
「みやびちゃん、まってっ……まってよぉ……っ」
「いやだ! まお、とろいんだもん!」
みやびちゃんは一瞬だけ僕を振り返って、笑って走っていく。
泥で汚れたスカートをひるがえして、結んだ髪をはねさせて、まるで世界中のなにも怖くないみたいに。
でも、僕は、世界中のだいたいぜんぶが、怖かった。
大きな犬も、雷も、暗い廊下も、知らない人も、みやびちゃんのお父さまの低い声も。
怖くて、泣いて、それでもみやびちゃんのことだけは、どれだけ置いていかれても追いかけた。
だってみやびちゃんは、「泣き虫」とは言うけれど、「弱虫」と言わなかったから。
ぼくがどれだけ泣いて「待って」と言っても置いていくのに、必ず一度だけ振り返ってくれたから。
そしていつだって、その先で僕を待っていてくれたから。
「ほんっと、まおはとろいね! ほら、みやびがまおのぶんのダンゴムシも集めてあげたよ」
「ひ、ひい……っ!!」
「そうだ、まおは虫もきらいなんだった……よろこんでくれると思ったのにな〜」
そう言ったみやびちゃんは、手の中にいた僕のぶんのダンゴムシを「おまえたち、まおがいらないんだってさ。ばいばーい」と草むらにぽいっと解放した。
みやびちゃんのぶんのダンゴムシがどうなったのかは……しらない。


