抱き寄せて、キスがしたい

 真剣な表情で私を見たあと、和泉くんは階段を二段下った。
 視界に入る、彼のつむじ。

「でも……」

 していいと言われて、できるものではない。
 動けずにいると、和泉くんは私の手を握った。

「小川の頭を撫でたのも、つむじを触りたかったからですか?」
「それは違うよ。小川ちゃんには純粋によかったねって褒めただけで……」
「じゃあ、頭を撫でて、つむじを触って、ドキドキするのは僕だけですか?」
「うん……」

 今までたくさんの人のつむじを観察してきた。
 でも、こんなに触れたいと思ったのも、我慢できなくて思わず手が伸びてしまったのも、和泉くんだけだ。

「好きなのは、僕のつむじだけ?」

 だけ……なのかな? いや違う。
 仕事を頑張っている姿、私だけに見せる甘えるような表情、気付けばいつも彼のことを考えるようになっていた。
 褒めてほしいと、求められることが嬉しかった。
 
 今日、小川ちゃんと二人でいるところを見て思ってしまった。
 モヤモヤすると。
 私、和泉くんのことが好きなんだ。
 
「そんなこと、ない」

 けれど、好きだとは言えなかった。
 たった今気づいた気持ち。
 今まで彼の頭を撫でていたのは、彼のことが好きだからではない。彼のつむじが好きだっただけなのだから。

「篠宮さん、僕のこと嫌いじゃないなら、キスしていいですか?」
「キス……?」

 和泉くんは、握った私の手をそっと持ち上げる。
 そしてゆっくりと顔を近づけると、手のひらにキスをした。

「僕、篠宮さんの手が好きなんです。白くて、柔らかくて、優しい手が。この手に頭を撫でられると、ドキドキして嬉しくて、もっとって思ってしまうんです。本当は僕から触れたいって思ってました。だれにも渡したくない、だれにも触れて欲しくない、こんなふうに、キスがしたいって思ってました」

 また、私の手に唇が当てられる。
 何度も何度も、少しずつ場所を変え、まるで私の手をむさぼるようにキスをする。

「和泉くん……」
「気持ち悪い、ですか?」
「……ううん」
「良かったです。だから篠宮さんも、していいですからね」

 傾けられた頭に、もう理性なんてどこかにいってしまった。
 私は彼の頭を優しく両手で掴み、自分の胸元に引き寄せた。
 ゆっくりと顔を埋めるようにつむじに唇を這わせる。
 
 全身が痺れるような快感に鼓動が早くなる。
 この鼓動が心地よくて、満たされる。

 唇を離すと、和泉くんは私の胸の中で顔を上げた。
 柔らかく微笑む彼が、愛しくてたまらない。

 きっとこの顔は私だけしか知らない。

「篠宮さん、今自分がどんな顔してるかわかってますか?」
「え? 私の顔?」
「やっぱりわかってないんだ。だから他の人にはしたらだめって言ったんです」

 言われてみて、なんとなく想像する。
 すごく腑抜けた顔をしているんだろうな。

「でもこれは、和泉くんだからだよ。和泉くんにだけこうなるんだよ」
「その言い方、ずるいです」

 拗ねたような姿が可愛くて、私はもう一度、彼のつむじに口付けた。
 驚きながらも受け入れてくれる彼が、やっぱり好きだなと思う。

「くせになりそう」
「急にするからびっくりしました」
「だめ、だった?」
「だめじゃないです。僕、篠宮さんになら何をされてもいいです」

 甘えるように笑う表情に、私はもう彼なしではいられないのだと思った。