抱き寄せて、キスがしたい

 数日後、和泉くんに呼び出された。
 人気のない非常階段。二段下がった彼は私を見上げている。

「篠宮さん、僕先月営業成績トップでした」

 今朝、成績表が張り出されていたので知っている。
 まだ営業部に配属されて二年目なのに本当にすごい。

「頑張ってたもんね! おめでとう」
「だから約束のあれ、してください」

 少しうつむき加減になる和泉くん。
 あれって……よしよししてってことだよね。
 私は躊躇しながらも、差し出されたつむじに手を伸ばした。
 そっと頭に触れ、撫でながら親指はつむじをなぞる。

 ああ。なにこの背徳感。

 ただ頑張ったねって撫でているだけなはずなのに、私はこんなにも彼に高揚感を抱いている。
 髪と肌の境界線にある、少しざらついた感覚。
 やめられない。このまま頭を抱き寄せたい……。

「篠宮さん」
「あ、ごめん」

 名前を呼ばれ、急いで手を離した。
 やりすぎてしまったかも。
 
「なんで謝るんですか? 篠宮さんの手、すごく優しくてくせになりそうです」

 上目遣いで微笑む姿に、ドキリとする。
 私も、くせになりそうだよ……。

「じゃあ、私行くね」
「はい、またお願いします」

 それから和泉くんは何か結果を出すたび私を非常階段に呼んだ。
 新しい契約を取ってきた日、企画が通ったとき、チームリーダーに決まったとき。

「篠宮さんが撫でて褒めてくれるから、頑張れるんです」

 嬉しかった。私のおかげで頑張れると言ってもらえることが。
 けれど純粋な目で見られるたび、どこか罪悪感が湧くようになっていた。
 だって私は頭を撫でているわけではない。
 彼のつむじを触って、自分の欲望を満たしているのだから。
 誤魔化すように、彼に微笑みかける。

「私も、和泉くんを見てたら頑張ろうって思えるよ。と言っても事務の私ができることなんてないんだけどね」
「そんなことありません。篠宮さんはいつも細かいところに気づいてくれて、すごく助けられてます。ありがとうございます」

 仕事として当たり前のことをしているだけで、だれかに感謝されることなんてないと思っていた。
 言葉にして伝えてもらえることってこんなに嬉しいんだ。
 
「こちらこそありがとう」

 いろいろな意味で。
 和泉くんも喜んでくれているし、私も満たされる。
 言えないけれど、この関係が心地良かった。