ショートスリーパーの貴方と不眠症の私

時刻は午前零時。

私はパジャマに上着を羽織り、両親を起こさないように静かに玄関の扉を開いた。

鍵を閉め、迷いもなく歩き出す。

これで、夜中に家を抜け出すのは何度目だろう。



歩いて数分。近所の公園に着くと、すっかり定位置化したベンチに座る。

静かすぎて、街路樹が擦れ合う音すら不気味に感じる。

夜の静寂の中、遠くの車の音が耳元で走っているかのように響く。

常々思うけれど、学校などとは違い、この時間の公園は心地よくて落ち着く。



「……う、……う」

何も考えずに虚空を見つめていると、無意識に涙が溢れ出してきた。

今まで、こんなことなかったのに。

帰らないといけないのに、こんな状況だったら帰れない。



「大丈夫?どうして泣いているの?」

俯いていると、上から声がかけられた。

顔を上げると、私より少し年上に見える女の子が私を見つめていた。

艶やかな長い髪が印象的で、例えるなら、歩く宝石みたいだった。



「ごめんね。急に声をかけて。泣いてたから心配になって。私、朱音あかね」

朱音ちゃんは話しながら、私の隣に腰掛けた。

気づくと涙は引っ込んでいる。



「月菜つきなです。ごめんなさい。心配かけてしまって。大丈夫ですよ」

驚きと知らない人に話しかけられた恐怖心で鼓動の音が激しい。

それを悟られないように落ち着いた声色で話す。

「気にしないで。そんなにかしこまらなくていいよ。私たちあまり年齢差ないよね?月菜ちゃんは今、中学生?」



「はい。中学三年生だよ」

私はなぜか敬語とタメ口が混じったような口調になる。

「そっか、私は高ニ。こんな時間だけど、大丈夫?」

朱音ちゃんは一瞬何かに気づいたような表情をしたけれど、すぐに何事もなかったように繕った。



「大丈夫だと思う。また明日、同じぐらいの時間に会えるかな?」

私はなぜそんなことを言ったのかわからない。

最初は少し怖かったのに、朱音ちゃんの穏やかな表情と声で落ち着くことができた。

そして、朱音ちゃんが頷いたことを確認してから帰路に着いた。



「あっ、朱音ちゃん」

翌日、私が昨日より少し早く来て、待っていると朱音ちゃんが歩いてくるのが見えた。

連絡手段がないのに、よく会うことができたなと思う。



「月菜ちゃん、待たせてごめんね。それより、こんな時間に出歩いて大丈夫なの?お母さんとか心配しないの?」

小走りで私の近くに来て、隣に座り、心配そうに訊ねてきた。



そんな疑問を浮かべるのは、当たり前だ。

中学生が、こんな時間に出歩いていいわけがない。

昨日も同じようなことを聞いてきたけれど、私がなんとなく流してしまったから今日も聞いてきたのだろう。



「家に居ても眠れないから。親には内緒で来てるんだけどね。朱音ちゃんこそ大丈夫なの?」

私より年上とはいえ、朱音ちゃんも未成年のためこんな時間に出歩くのはあまり良くない。

「私は睡眠時間の少ないショートスリーパーなんだ。だから、家に居ても退屈。一人暮らしだから親に心配かけることもないしさ」



ショートスリーパーという言葉をテレビ番組か何かで話されていたことを思い出す。

全国でも稀な体質の人の事って言っていた。

今だったら、自分もそんな体質だったらなんて考えてしまう。眠れない辛さや寝不足の怠さがなくなるはずだから。



一瞬、実在するのかと驚く。

でも、現実離れしたことなのに自然に受け入れた。

一人暮らしについても気になったけれど、何か事情があるのかもしれないと思い、追求しないことにする。



「眠れないっていつもなの?体調悪かったりしない?」

少し間を空けて、朱音ちゃんがそう言って眉をひそめた。

「多少は睡眠時間取れてるから、大丈夫だよ。この生活にも慣れてきてるし」



心配かけすぎないようにと思い、そう言ったけれど本当は今だって、体は少し怠い。

「今すぐじゃなくていいから、私でよければ悩みとかあったら話していいからね」



「ありがとう。だったら、連絡先交換しない?」

朱音ちゃんは優しすぎる。

ほとんど見ず知らずの私相手なのに。

こんな人が身近な家族とかだったらよかった。

私は一人っ子だから、兄弟姉妹に憧れがある。

だから、また話したいと思い提案してみた。

「私も言おうと思ってた。家でも、何かあったら気軽に連絡してね」



「うん。ありがとう、そうするね。……どうしたの?朱音ちゃん」

連絡先の交換が終わると、朱音ちゃんは私のことを凝視して固まっている。

何か考えているみたいで、難しい顔をしている。

「あっ、ごめん。なんでもないよ。また、今度ね」