鈴は手元の書類から目を上げなかった。
「どの方ですか?」
「あの榛名グループのデザイン会社の。背が高くて、ネクタイがいつも少し緩い人」
「来訪記録にある通りです」
「今月だけで、もう何回目?」
「それも来訪記録にある通りです」
ひかりは小さく笑った。
「鈴ちゃんって、本当に真面目だよね。でも、顔が少し赤いよ」
「空調が強いんです」
「そうかもね」
ひかりは笑いを含んだ声で言って、次の来訪者の対応へ戻った。
鈴は書類の角を整えながら、深呼吸した。顔が赤い自覚は、ある。
そんなことを考えながら次のことに意識を向けると、エントランスの自動ドアが開いた。
朝の空気が一瞬流れ込んで、すぐ閉まる。
革靴の音。リズムが、他の来訪者と少し違う。軽い。急いでいるわけでも、急かされているわけでもない。ただ、歩くことを楽しんでいるような足音だ。



