「いらっしゃいませ」
芹沢鈴は、カウンターの向こうで口角を上げた。
練習したわけではない。この仕事に就いてから、いつの間にか自然と身についた営業スマイルだ。
ここは、東都グループの本社ビル一階。大理石の床に、間接照明が柔らかく溶けるように落ちている。設計士がどこまで意図していたかはわからないが、朝と夕では光の色がまるで違う空間だった。
朝はシャープに白く、夕方になるにつれて琥珀色に沈んでいく。
鈴はその変わり目が好きだった。一日の終わりが近いと、空気が少しだけ優しくなる気がして。
受付カウンターはちょうど鈴の胸の高さで誂えたように設計されており、来訪者からは上半身しか見えない。
それが、ありがたかった。
就職活動を始めた頃、鈴は何度も壁にぶつかった。壁というのは比喩ではなく、実際に物理的な壁——段差、手すりのない階段、エレベーターのないビル——にもぶつかったし、人の目線という、もっと厄介な壁にもぶつかった。
履歴書の備考欄に【下肢機能障害、車椅子使用】と書くたびに、面接の空気が変わった。
同情とも困惑ともつかない、あの目線。
面接官がいかにも気の毒そうな顔になって『弊社の設備では……』と言い始めるときの、あの一拍の間。
その間に何が詰まっているかは、三回目くらいで完全に理解した。
気の毒だと思っている。でも、採れない。その二つが同時に顔に出ている。
気の毒だと思わないでほしい、とは言えない。あぁまたダメだな、と思ったのは何度目か……鈴にできるのは礼をして頭を下げると、次の会社のドアを開けることだけだった。
障害者雇用枠で東都グループの受付職に採用が決まったとき、鈴は珍しく声を上げて泣いた。帰りの電車で、ハンカチで口を押さえながら。
それが二十六歳の時で現在は社会人四年目、三十歳になった。
受付の仕事は、性に合っていた。座ってできる。来訪者と話せる。会社の顔として、誰かの一日の最初と最後に関われる。
そして、受付は車椅子であることが、ここでは見えないことだ。
カウンターの向こうにいる限り、鈴はただの受付嬢だった。快活で、声がよく通って、どんな相手にも臆せず話せる、芹沢鈴という人間。それ以上でも以下でもない。
それが誇りなのか、逃げなのか。
四年経った今も、鈴自身には答えが出ていなかった。出そうとも、していなかったかもしれない。
同僚の宮田ひかりは、鈴より三歳上の先輩で、受付チームのまとめ役だった。派手な見た目ではないけれど、よく笑う人で、どんなに忙しいときでも手が止まる前に口が動くという特技を持っていた。
「鈴ちゃん、今日のランチ一緒に行かない? 新しいパスタの店ができたって、総務の人が言ってたよ」
十一時を少し過ぎた頃、カウンター越しに小声で言った。鈴とひかりはカウンターを並んで担当しており、忙しくない時間帯にはこうして小声で話すことが珍しくなかった。
「いいですね。何時ですか?」
「十二時半はどう? 混む前に入れれば」
「大丈夫です」
「よかった——ね、最近また来てるよね、あの人」



