ギリギリの時間になって、セシルは一人、何も言うことなく教室に入る。
その瞬間だ。教室の中の音も、動きも、空気も、全てが止まった。
これは、セシルが何かをしているわけでは無い。ただ、教室にいる人々がみんなセシルを気にして、結果止まったのだ。
一瞬だけだから、教室の雰囲気はすぐに戻り、みんな話したり動いたりする。
セシルは誰とも挨拶すること無く席に着くと、鞄を片付け始める。
そんな彼をクラスのみんなは未だに少し気にしているが、誰も気にしているなんて様子はないように振る舞っていた。
これは……優しさ、なのかな。
ついセシルを見ていると、名前を呼ばれる。
「渚ちゃん」
「なに?」
わたしの名前を呼んだのは、さっきまで話していた子だけど、笑みが消えてちょっと真面目な様子。
その子だけじゃなくて、ここで話していた女子みんなが気まずそうな、気を使う様な雰囲気でわたしを見ている。
「渚ちゃん、セシルくんのこと好きになっちゃった?」
こそっと心配する顔で言われ、すぐに否定する。
「ううん、好きになってないよ」
彼女達はほっとした用に息を吐くが、それでも憂いの雰囲気は無くならない。
セシルがクラスから浮いているのは、気を使われているのは、吸血鬼だってバレているからでも、顔が良すぎるからでもない。
「セシルくんは、大事な子が居るから」
彼女達の目が、教室の後ろの壁に貼られた習字に向くので、わたしも見る。
みんな思い思いに文字を書いたその中の一つに、か細く書かれた『愛と勇気』がある。
書いた人の名前は、日下部白菊。
彼女は、今この教室に居ない。
まだ登校してないわけでも、ちょっと風邪が続いているわけでもない。
冬休み前から行方不明なのだ。



