ほたる先生は振り向かない

桜が咲く季節、春。


四月一日。

生徒のいない学校は、思ったより静かだった。
春休みの校舎は、四年前の夏休みとは違う匂いがする。

それでも、この廊下を歩くたびに思い出すのはあの夏だ。


まだあまり気慣れていないスーツに身を包み、ちょっとだけ緊張しながらもう一人新卒で赴任する同期になる山本に声をかける。

「ねぇ、教育実習でここに来たんでしょ?誰か先生と仲良くなった?」

山本はカクカクしたぎこちない動きで、廊下を歩いている。
この人は確か、数学だったか、科学だったか、地学だったか。

神経質そうというか、真面目そうというか。
こういう人が教師になるんだな、と思った。


「い、いや。実習の時はイッパイイッパイだったから。記憶が曖昧で……」

私としゃべることさえ緊張するのか、息が浅い。
小動物みたいな気弱なその姿に本音が漏れる。

「しょーもなっ」

「酷い!岸さんは、ここの卒業生なんだっけ?」

「うん。でも実習では来れなくてさー」

「そっか……、この高校、デカいよね」

「まあ、私立だし。施設はちゃんとしてるよ」


他愛もない話をしながら、二人で職員室に向かう。

階段を上がって右に曲がったところ。
四年前、何度も何度も理由を作って通った職員室。

なんて懐かしいんだろう。

やわらかな春の日差しが窓から差し込んでいる。
気持ちのいい、ほどけるような暖かさ。