ほたる先生は振り向かない

「まだうちらももっと写真撮ろうよ。動画も撮るって言ってたよ」

玲奈にそう言われたけれど、私は一歩後ずさりをして言葉を探す。

「……ごめん、全部それ、あとでやる。みんなで集まった時に全部やる。だから、ちょっと行かせてくれない?」

「どこに?」

「“ちょっと”!」

「まつりぃ〜」


思いっきり不満げな玲奈の声が聞こえたけれど、「ごめん!」と背中を向けて、私は待ち構えている後輩たちをかき分けて素早く逃げた。

「岸先輩!」とか、「まつり!」とか、色々呼ばれたものの、走ってはいけない廊下を駆け抜ける。

今日くらい、許してほしい。


そのうちスマホが鳴り出したけれど、通知を切った。

今は、他のことを考えたくなかった。


三年生の教室を抜けると、他の廊下はがらんとしていて。
ざわめいていたのはあそこだけだったんだというのを実感する。


あの人は、三年生の担任をしていない。
だから、教室には絶対にいない。

卒業式にはいたけど、たぶんもう今頃は職員室に戻っているはずだ。


急ぎ足で何度も何度も足を運んできた職員室の前で立ち止まると、背伸びしてガラスの向こう側を覗き込む。

先生たちは忙しそうになにか仕事をしている人もいれば、のんびりコーヒーを飲んでいる人もいる。


私はノックをしてから職員室のドアを開けた。

「おっ、岸じゃん」

キョロキョロと見回していると、声をかけてきたのは沢村先生だった。
夏に真っ黒に日焼けしていた肌は、三月にはだいぶ落ち着いていた。

「卒業おめでとう!」

「……ありがとうございます」

私が荷物を抱えているのを見て、沢村先生は面白そうに吹き出す。

「岸、意外と慕われてたんだなぁ。そんなに花やらなんやら抱えて」

「“意外と”は、余計だよ」

「蛍谷くんか?」

「うん」

もはや、目的がほたる先生なのも周知されている。
まったくもって私は気にしない。


「蛍谷くーん。岸が来てるぞー」

世話焼きなところが沢村先生らしい。

遠くで仕事をしているほたる先生を呼んでくれた。