ほたる先生は振り向かない

講習が終わって、生徒がほとんど消えていく教室。

ほたる先生の退室は他の先生の比じゃないほど、早い。

片付けるのも無駄がないし、なんなら五分前くらいから使い終えた教材やプリントをまとめ始める。

だから、この日も例外なくさっさと教卓の上のものを片付けて、生徒に紛れて教室を出ていってしまった。


私はバッグにとりあえず全部詰め込んで、チャックを閉め終わっていないペンケースを握ったまま廊下へ飛び出す。

前方に、ほたる先生の後ろ姿を発見。


「先生!質問質問!」

私が呼び止めると、先生の足が止まりかける。
……でも、私が追いつく前にまた歩き出してしまった。


本当に、こんなに呼んでも絶対に見てくれない。清々しいほどに。

急ぎ足で先生の前に回り込んで、両手で行く先をガードした。

「さっきの講習、質問あるの!」

「……ちゃんと勉強のことだけにしてくださいよ」


疑いの目を向けられて、私はふふっと笑ってしまった。
まあ、“勉強”といえばそうかもしれないけど。

でも呆れさせてしまうかもしれないな。
…と思いつつも、そのまま歩きながら私はまだペンケースを握りしめて尋ねる。


「敬語ってさ、使わない方が距離縮まるってこと?」

先生は職員室に向かっているのだろう。
さっきよりは歩くスピードは落としてくれているけれど、足は止めることなく前を見据えている。

特に私と目を合わせることもない。

「状況によります」

「状況って?」

「例えば、クラス替えをして初めてのクラスに入ったら、友達を作ろうとしませんか?その時に敬語を使ったら、相手も気を遣うでしょう」

「あー、そうだよねー」

「岸さんだって、同級生と話す時に敬語は使いませんよね?」

「うん。使わない。仲良くなりたいもん」

敬語を使う場面があまりないことは確かだけど、先輩とか、近所のおじいちゃんたちとか、そういう人には私だって敬語を使う。

人によって使い分けている自覚はそれなりには、ある。

だからこそ、気になる。