ほたる先生は振り向かない

バッグにぶら下がった青い犬が、歩くたびに揺れる。

絶妙にやる気のない目。への字の口。くたっと寝そべった姿。
結局あのあと、一人で三日連続ゲーセンに通い続けて。
昨日閉店ギリギリまで粘って取った。


「おはよー」

なんとなく機嫌よく教室へ入ると、講習に来ていた他のクラスの女子が私のバッグを見て笑った。

「おはよう。岸さん、なにそれ。昨日までなかったよね?」

「かわいいでしょ?」

「いや、褒めてない」

「あれ?なんでだ?」

そんな適当なやり取りをしながら席に座る。
冷房の効いた教室は、今日も相変わらず寒かった。


夏休みも二週間以上が経った。

ここまで来てようやく分かってくる。
自習室に集まるのは、たいていいつも同じメンバー。


真面目そうな子もいれば、そうでもないような見た目の子もいるけれど。
自習室に通っているのだから、みんな勉強したくて来ている。

開放されている自習室はいくつかあるけれど、私はいつもこの教室に来ていた。

ふたつ空けた自習室の方が同じクラスの子もいるけれど、波長が合わない子たちばかりだから、行っても退屈なだけ。


ちょうどいい距離感で話せるこの自習室の空気が好きだった。


今度は別な席に座っている男子から声をかけられる。

「岸さん、今日も古典の講習とってる?」

「うん。行くよ」

「じゃーさ、講習のノートあとで見せてくんない?」

「いーよー」

こんな具合に、お互い様で利用し合える。

たふんここに来ている子達は、それぞれ目指している場所が明確にあるんだと思う。


「来週の現国受けよっかなーと思ってたけど、沢村の講習どう?普通の授業より濃いめ?」

誰にでもなく話しかけると、次々に反応が返ってくる。

「濃いめってか、濃い!」

「絶対受けるべき。めっちゃいい」

「ちょっと暑苦しいけど」

……最後の一言で、思わず吹き出してしまった。


「蛍谷先生の古典もすっごいためになるんだけどさ、」

私が講習を受けると言ったからか、どこからか話し声。

「ためになるのに、死ぬほど眠くなる」

「分かるー!なんだろう、子守唄みたいな?」

リラックスしたような笑い声を聞きながら私も、ふっと笑う。


ほたる先生の良さは、私だけが知ってればいい。

……なんて、そんなことを思いながら。




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