ほたる先生は振り向かない

講習が終わって、ぱらぱらと生徒が出ていく。


「ほたる先生」

教科書を閉じながら呼び止めると、先生はプリントをまとめたままこちらを見る。

「なんですか?」

「私、夏ちょっと好きになったかも」


先生は数秒黙って、チョークの入ったケースをパチン、と閉じる。

「……単純ですね」

と、一言だけ言った。


まだまだ先生のことを見ていたいのに、講習が終わってしまった。


机に広げた教科書やノートをバッグに突っ込もうとしていた手を止めて、急いで先生を追いかける。

廊下へ出ると、前を歩くほたる先生の背中が見えた。


今日の先生は、いつもより少しだけ機嫌が良さそうだった。

……たぶん、漢文のせい。


声をかけようと思えば、かけられる。
でも今日は、なんとなくやめた。


週に二回。たったの九十分。
“たったの”なのに、それは“特別な”に変わる。

それだけで、今は十分満たされている。


ふふっとこの長いようで短い時間を噛み締めながら、教室へ静かに舞い戻った。




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