ほたる先生は振り向かない

強烈な日差しがまだ続いている午後のこの時間。

お昼ご飯がちょうど消化されて気持ちよくなる頃。
たぶん、学校のいつもの時間なら六時間目あたり。


職員室のガラス張りの窓越しに、いつもの席に目を凝らしてみる。

……いない。


コピー機をいじってるのかもしれない、とか。他の先生に用事があって席を立ってるだけなのかもしれない、とか。

都合よく脳内で変換して、職員室内をくまなく見渡すものの。

……どう見ても、いない。


背伸びしたって見つかるわけもないのに、無駄に足に力を込めてなんとか覗き込んでいると、後ろからドスッと肩に重みが乗った。

「岸ぃ。また蛍谷くんか?」

「げっ、沢村」

「“先生”をつけなさい、“沢村先生”」

「沢村先生、ほたる先生どこ?」


馴れ馴れしいのはお互い様って感じの、あんまり気を遣わない現国の沢村先生。

歳はたぶん、ほたる先生よりもちょっと上。

そんでもって、妻帯者で家族愛がすごい。ウザいくらいに。
授業中に奥さんと子供の自慢話をちょいちょい挟んでくるくらいには、愛が強い。


今のところ、私が一番得意な教科は現国なわけだけど。

この先生が一年生の時から三年間、面白おかしく現国の楽しさを教えてくれたから、いい成績が残せたっていうのは事実だから、まあ、嫌いではない。

しつこい性格だから、好きでもないけど。


「古典のどこが分からないんだ?現国とはいえ、俺だって得意だぞ?」

「いや、マジでいい。ほたる先生どこ?」

「拒否んなよ…。蛍谷くんは一年生の講習だよ」


さっき肩に置かれた手はとっくになくなっていて、沢村先生は腕を組んでこちらを眺めている。

半分呆れたような目で、それでいてちょっと笑っていた。

「そこそこ古典の点数取れてるくせに。わざわざ蛍谷くんのところに通いつめるほど困ってないだろう?」

「困ってんの。超困ってんの。ねぇ、講習いつ終わる?」

「んー、あと二十分くらいかな」

腕時計を見て、きっちり時間を教えてくれるあたり親切ではある。


私はそれを聞いて、古典の教科書を腕に挟んで、手に持っていた単語帳を取り出す。

「じゃ、二十分ここで時間潰す」

「廊下は暑いぞー。熱中症になるぞー」

「そこの自販機でジュース買う。……あのね、偶然を装うフリするから、ほたる先生には内緒ね」

「────お前、俺には色々バレてるぞ」

「バレてもいいの。私、“色に出づ”だから」

「……使い方合ってんのか?」


ぶはっと吹き出した沢村先生は、「まあいいや」とポケットに手を突っ込んで職員室に入っていく。

ドアを閉める間際に、

「恋愛ごっこも程々になー」

と言われた。


「……ちゃんと本気だもん」

私は、誰もいない廊下でそうつぶやいた。




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