三浦主任の「ん」はずるい



後輩を含め、三名でミーティング。
奈緒が休憩を提案した途端、緊張が一気に緩む。

「はあー、主任の圧がすごい。マジで『ん』しか言わないんですもん!」
「ねぇ、まだ部屋にいるから」

唇の前で指を立てる奈緒をよそに、三浦は不満を垂れ流されても表情を変えない。もくもくと机上を片付け出す。

「今日はお話した方だから。そうですよね?」
「ん」
「ほらね?」

書類の角を整える際、三浦の眉が上がった。

「あ、指、切れちゃいましたか? 絆創膏あったっけ」
「……なんでしたっけ、こういうの。あ・うんの呼吸ってやつか」

後輩はため息で勢いをつけ、席を立つ。額へ手を当てて時刻を確認する。

「じゃ、お昼行ってきますね〜。日替わり定食、残ってるかな。そうだ! お二人も一緒にどうです?」

ポーチを漁っていた奈緒は三浦へ視線を流す。
一応、ビーフシチューを部署の冷蔵庫に入れてある。これは『交換』を真に受けたというより、三浦が万が一にもサバを持ってきた場合の保険だ。

「んー」

三浦は語尾を伸ばし、

「また今度」
「ちぇ、奢って貰おうと思ったのに!」

物怖じしない後輩は主任とバディ適性がありそう。奈緒はホッとしつつ、絆創膏を握り締めていた。

「どうぞ。使ってください」

後輩が退出後、絆創膏を渡す。

「あの」
「ん」 

三浦はおもむろに、机の下から保冷バッグを出してくる。

「……サバ、ですよね?」
「ん」

開けば、白米にサバが乗せられたタッパーがあった。他におかずはないし、割り箸もない。

「ありがとうございます、わたしも持ってきました。温めてくるので、こちらで食べましょう」
「ん」



レンジでビーフシチューを温めていると、スマホが震える。

『ごめん! 得意先との飲み会入った』

既読マークを付け、数分して。

『本当にごめん。ビーフシチューは帰ったら食べる。いつもありがとう』

奈緒の指は打ちかけた文字を消すと『お仕事がんばって』のスタンプを押す。

「川村さん、止まってますが?」

「あ、ごめんなさい」

次に使う同僚に声をかけられ、奈緒は急いで取り出した。

「わあ、美味しそう。新婚さんって感じ」
「まだ籍、入ってないけどね」

奈緒自身も驚くほど低い声で返してしまう。繕おうとするが、さして同僚は興味がないらしい。コンビニ弁当をセットしたら離れていく。

もう一度、画面へ視線を落とす。
裕二とのやりとりは夕食がいる、いらない。引っ越しの手続き等、業務連絡みたいで味気ない。
ディスプレイを暗くしかけた時、旅行会社からのメールを受信した。