三浦主任の「ん」はずるい



二十四時間営業のスーパーは奈緒の会社近くにある。
精肉コーナーでまばらに陳列されたパックを見定めていると、覚えのあるシルエットが通り過ぎた。

「主任?」

思わず呼び止めてしまい、はっと口を押さえる。お互い、プライベートの時間だ。
三浦はそのまま歩いていこうとしたが、振り向く。奈緒を認識すると軽く会釈した。

「お疲れ様です。今から夕食ですか?」
「ん」
「あ、わたしは明日の準備で! ビーフシチューをーーって、何言ってるんだろう」

髪を撫でつける。昼間ひとつに結っていた跡が指輪に引っ掛かり、裕二とのやりとりが浮かぶ。

「ん」
「あ、呼び止めてしまい、すみませんでした」
「ん」
「ーーえ?」

三浦が大股で近寄ってきて、奈緒のカゴからプリンを取り出す。
半額のシールがついたデザートはシチューを煮込みながら食べる予定。買い物を済ませアパートに帰る頃、きっと裕二は眠っているだろう。

「ん」
「そんな、自分で買うので」
「たまには」

「ん」以外の発言に奈緒のリアクションがワンテンポ遅れる。三浦はスタスタとセルフレジへ移動。

改めて見ると三浦は足が長い。この長身を折り畳むようデスクに収納していると思ったら、なんだかおかしくて。
奈緒はふふ、控えめに笑う。

「ん?」
「いえ、なんでも。そうだ! こちら好きですよね?」

棚からグリーミント味のガムを手にし、奈緒は自分のカゴへ。他のフレーバーもあるが迷いなくチョイスする。

「夜食の交換しましょう」

切れ長の目が開き、少しして。

「ん」

二人は並んで会計へ向かった。
他の同僚はいないだろうが、奈緒は周囲を警戒する。

「誤解されないようにしないと」
「ん?」
「いや、主任が」
「……ん」

三浦は奈緒と背中合わせとなるレジを選ぶ。

「主任、自炊するんですね」

「ん」はなく「ピッ」と聞こえる。五百九十八円の塩サバがスキャンされた。

「和食、いいですね」

奈緒はすね肉、ジャガイモ、ニンジンを読み込む。引っ越し前で野菜のストックを控えているのもあり、エコバッグがみるみる膨らんでいく。

「交換するか?」

精算処理を終えた三浦は、プリンを奈緒の前に置いた。

「ああ、ガム!」

隙間へ入り込んでしまったパッケージを引き出そうとするが、手こずる。

「ビーフシチュー」
「え? サバと?」
「ん」

そして、三浦はガムを受け取らないで退店。
奈緒はグリーミント味を握り、瞬きをした。