もう一つ、よく覚えていることがある。
鈴奈さんが、口癖のように言っていた言葉だ。
「椿くん。言霊っていってね、言葉には、不思議な力が宿るって言われているのよ」
「へぇ。そうなんだ」
「特に名前にはね、相手を縛りつける力があった、と言われていたこともあるの」
「そうなの?」
「えぇ。だから名前は、とても大切なものなのよ。これから先、椿くんにも大切に思う人ができると思うわ。その時には、たくさん名前を呼んであげて、椿くんの名前も、たくさん呼んでもらってね」
最後にその話を聞いたのは、俺が小学三年生くらいの時だったと思う。
それから一か月も経たないうちに、鈴奈さんは持病が悪化して亡くなってしまった。
身体が悪いとは聞いていたし、別れの予感を何となく感じ取っていたから、寂しくはあったけど、そこまで悲しくはなかった。受け入れることができた。
だけど鈴奈さんの言葉は、俺の頭の片隅にずっとあって、時折思い出すことがあった。
それから――名前を呼び合うことに、ほんの僅かな躊躇いを感じるようになった。
特に、大切に思い始めた相手の名前を呼ぶことが。
触れて、知って、もっと欲しいと求めてしまった時。
もしその相手が、離れていってしまったら。手の届かない場所に行ってしまったら。



