逃げられるものならお好きにどうぞ。



「百合子ちゃん、そのまま椿に送ってもらいなさいよ」

「え? いえ、私は……」

「へぇ、お姉さん、百合子さんっていうんだ。綺麗な名前だね」



戸惑っていれば、距離をとった椿くんは、カウンターから様子を窺っていたマスターの方に歩いていく。

というか今更だけど、タイミングよく他のお客さんがいなくて本当によかった……。



「マスター、久しぶりだね」

「椿、お前なぁ……」

「あ、やっぱり俺、最近無断欠勤しちゃってた感じ? スマホも失くしちゃったし、実はちょっと体調も悪くてさ」

「……はぁ。もういい。お前のいい加減なところは、今に始まったことじゃないからな。その代わり、香月さんを家まできちんと送り届けるんだぞ」

「りょうかーい」



マスターに話を付けた椿くんは「お姉さん、行こう」と手を差し伸べてくる。

だけど、何だかその手を掴む気にはなれなくて、私は一人で椅子から立ち上がった。


だけど椿くんは然して気にしていない様子で、機嫌良さそうに笑いながら私の後を付いてくる。