逃げられるものならお好きにどうぞ。



***


「残念、振られちゃったみたいね」



シャワールームに身を潜めていた憂美が、クスクスと笑いながら姿を現す。



「……憂美さん、覗き見なんて悪趣味じゃない?」

「あら、私が手配してあげてるホテルでおっぱじめようとした椿の方が、よっぽど悪趣味だと思うけど?」

「……ま、それもそうか」

「まぁ私は気にしないけどね?」



憂美は艶やかに笑いながら、自身の腕を椿の首に回した。

情欲をはらんだ瞳に見上げられた椿は、求められるままに、憂美の唇に噛みつくようなキスをする。



「ふっ、んん……」

「っ、……ねぇ、憂美さん」

「なぁに?」

「さっきの人、憂美さんは誰だか知ってる?」

「……さぁ? 私は知らないけど」

「……そう」

「そんなことより、ほら。ベッド、行きましょ」



憂美に手を引かれた椿は、導かれるままにベッドに上がる。上着を脱いで憂美に馬乗りになりながらも、考えてしまうのは、つい先ほど、初めて出会ったはずの女性のことだった。


――俺の名前を呼ぶその声は、今にも泣き出しそうに思えた。遠い星の瞬きのような、寂しげに震える声を、俺はどこかで……。