「着きました」
耳に届いた運転手さんの声に、無意識に詰めていた息をそっと吐き出す。
皇さんと運転手さんにお礼を言ってから、車から下りた。
「送っていただいて、ありがとうございました」
「あぁ。またな」
皇さんはいつも通り、余裕のある微笑を湛えて、ひらりと手を振ってくれる。
私も小さく手を振り返してから、お辞儀をして、エントランスへと足を向けた。
――私は、恋愛経験はほぼないけれど、そこまで鈍感というわけでもないと思う。
(さっきの皇さんの、あの表情は……)
熱を宿してゆらめいた情欲的なまなざしは、不意に椿くんが私を見つめてくる時の瞳の色に、よく似ていた。
それに、バーでの椿くんとのやりとりや、最後に椿くんが忠告してくれた言葉を思い出して、“もしかして”と勘ぐってしまいそうになる。
「……ううん、まさかね」
でも確証があるわけでもないのに、そうだと決めつけるのは失礼だ。
だけど、それでも……しばらくは、皇さんと二人きりにはならないように気をつけよう。
脳裏に、椿くんと美代さん、大好きな二人の顔が思い浮かんだ。
私は頭の中に浮かんだ“もしも”の可能性を打ち消すように小さく頭を振ってから、停まったエレベーターに乗り込んだ。



