逃げられるものならお好きにどうぞ。



「……椿くん」



大切に仕舞い込んでいた宝物を取り出す時みたいに、そっと声に出してみる。



「……うん」



私の声をきちんと受け取ってくれた黒……椿くんは、静かに頷いたかと思えば、口許を手の甲で隠してしまう。



「あ~、どうしよう。すっごい顔がにやける」

「ふふ、黒瀬くんってば、大袈裟だよ、っ!」



どうやら黒瀬くんは、照れているらしい。

珍しい姿が可愛くてクスクス笑ってしまえば、唇に熱が触れる。



「ダメだよ、百合子さん。これからはちゃんと名前で呼んでくれないと」



鼻先が触れ合いそうな距離で、黒曜石の瞳が甘い熱を宿して、細められたのが分かった。