美代さんがいなくなってしまい、室内は静寂に包まれる。
耳を澄ませば、壁掛け時計が時を刻む音が密かに聞こえてくる。今は九時を過ぎたところで、私が連れ去られたのがお昼前だったから――そう思うと、あれから結構な時間が経っていることになる。
せっかくの黒瀬くんと初めての旅行だったのに、半日以上を棒に振ってしまったのは残念だったな。
「ん……」
壁掛け時計を見上げたままボーッとしていれば、小さな寝息が聞こえてきた。
ゆるりと目線を下げれば、変わらず安らかな顔で眠っている黒瀬くんがいて、私はその端正な顔を、まじまじと見つめてしまう。
――でも本当に、黒瀬くんが無事で良かった。
私の手が真っ赤に染まった瞬間は、今でも瞼の裏に鮮明に焼き付いている。
どんな相手にも怯むことなく向かっていき、圧倒的な強さを見せつける、無敵だと思っていた黒瀬くんの顔が……あの瞬間だけは、苦痛に歪んでいた。
(……痛かった、よね)
布団の上にのっている黒瀬くんの左手にそっと触れてみれば、すらりとした指先が、ピクリと動いた。



