逃げられるものならお好きにどうぞ。



「百合子さん。俺、行くね」

「黒瀬くん? 行くってどこに……待って、黒瀬くん!」



黒瀬くんは私に背を向けて、先の見えない真っ暗闇に向かって歩いていく。


追いかけようと足を前に動かしても、黒瀬くんとの距離は開いていくばかりで、その背はどんどん遠ざかっていく。名前を呼んでも、黒瀬くんは立ち止まってはくれない。こちらに振り向いてくれることもない。

ただだた、何処かを目指して真っ直ぐに進んでいく。


でも、私はその先に、黒瀬くんを行かせたくない。行っちゃ駄目。

黒瀬くん、お願いだから、戻ってきて……!



「っ、待って……!」



右手を伸ばす。でも、私の掌は何も掴んでいなかった。

持ち上げていた手をゆっくり下ろそうとすれば――そんな私の手を、温かな体温が包み込んでくれる。