逃げられるものならお好きにどうぞ。



「百合子さん、行こう。送っていくから」

「え、でも黒瀬くん、仕事の方は……」

「マスターが、今日はもう上がっていいって」



マスターを見れば視線が合い、パチンとウィンクを返された。

渋い見た目に反して存外お茶目なマスターだが、そんなところが親しみやすくて好感が持てる。



黒瀬くんが手渡してくれたコートを羽織ってマスターに会計をお願いすれば「今日はお代はいいよ。俺からのお祝いってことで」と言われてしまった。

少し申し訳なく思いながらもその好意を有り難く受け取って、マスターにお礼を告げてから、黒瀬くんと一緒に店を出る。



「お姉さん、また話そうね」



後ろの方で、萌黄さんがにこやかに手を振っているのが分かった。

だけど黒瀬くんにそっと背を押されて、その姿は直ぐに見えなくなった。