「はぁ、苦しかった……椿のやつ、いきなりひどくない? 鼻までふさがれて息できなかったんだけど。ねぇ、お姉さんもひどいと思わない?」
「……大丈夫ですか?」
黒瀬くんには無視しろって言われたけど、此処は店の中で黒瀬くんだっているし、少し話す程度なら大丈夫だろうと考えて言葉を返す。
目の前の男性はにんまり笑いながら、テーブルに頬杖をついて私の方に身体を向けた。完全に会話をする体制になっている。
「そういえば、きちんと自己紹介してなかったよね。おれ、萌黄拓斗っていうんだ。“たっくん”って気軽に呼んでくれていいからね」
「……もえぎ? えっ、あなた……佐藤さんじゃないんですか?」
ホテルの人は“佐藤様”なる人物から仰せつかっていると、確かにそう言っていた。
それじゃあ、あのよく分からない行動を起こした“佐藤さん”は、この人じゃないってこと?
混乱する頭の中を整理しようと考えを巡らせていれば、目の前の男性――萌黄さんは、クツクツと楽しそうな笑い声を漏らした。



