醜と美そして陰謀論、を物語る。

 
 その時の王の心境だがそこには何の疑問も抱かずにそうしていた。

 まるで父母を見上げる際の心境のようにごく自然に見上げていた。

 自分よりも偉いのだ……この人は立ち上がって自分を見下ろすべきなのだ。

 王の両手は組まれ左右の指と指が交互に組まれ一つとなり顔の前にあがった。

 絶対服従のポーズは祈りの姿と同じであった。祈りも服従も区別はつかないかもしれない。

 共に自ら進んでその力に頼むであるのだからだ。

 どうか……わが妻となっていただきたい。

 王はそう言うが女は答えられない。神は美は沈黙したままだ。

 これを拒否と受け取った王には怒りなどはなかった。

 足りないのだと王は自らを責めた。もっともっと出さなくてはならない。

 第一夫人として未来の王妃となってください。

 条件を増したが女は神は美は反応を示さない。

 全部だ! 己の全てを出すしかない! と王は両の手をかつてないほどに強く握りしめた。

 あなた様は王妃となりそして生まれた子は王とします。

 それでどうか我が願いを叶えてください!

 王の視界は霞んでぼやけてしまう。涙のせいである。自分自身の涙によってなにも見えなくなる。

 視界には光しか映らない。眩しいほどの光。

 それは美が自ら放つ輝きを王が全て受け止めているからであった。

 このまま見えないのならそれで良いと王は目蓋を閉じ諦めた。

 これはきっと夢で幻だったのだと思い始める。

 そして目覚めたらクリアな視界には知らない天井があって、そうそうあれは『ロックウール化粧吸音板』という名だからもう知らない天井とは言わせない……目元が拭われた。

 右眼から左眼に指先が……冷たくも微かにある温もりを感じながら目蓋を開くとそこには女の顔があった。

 膝を曲げて涙を拭ってくれたことを王が気づくと女はまた微笑んだ。

 だから王は承諾を得たと扉の外にいた配下に急いで命じた。

 至急帰国だと、王妃を歓迎する準備を行うと宣言した。


 さてここまで見てきたようにこうして姉は王を射止めたが、みなはお気づきだろう、姉は何もしていない、と。

 そう何も口にしていない。書いてあることだけ見ると顔を上げそのあと顔を隠して立ち上がり涙を拭ったぐらいである。

 全てが全て王の解釈となる。これを逆の姉視点から見るとこうなるかもしれない。

 姉は王が入ってきたというのに声を掛けないことに不審がり顔を上げると王が驚いた顔をしたので、まだ早かったのだなと思いあら失敬とばかりに苦笑いしてまた元に戻した。

 あれ? 王の見たのとは違うような……とお思いだろうがそうである。

 そこのズレの可能性は捨てきれないのだ。

 運命的な微笑みの表情も本人からしたらはにかみの表情だったかもしれない。

 そこから姉は事前に伝えられていた面を上げよという声を待っていたとしよう。

 確認すると王はその言葉を使っていない。そうである以上は姉は顔を上げられない。

 でも王は顔を見せろと言っていたような気が……ここもそれである。

 王は声を上げられずに心の声で訴えていたのだ。

 顔を見せてくれと心の中で叫ぶので精一杯だった。我々は王の心境を読んでいるからその必死さを眺めていたが姉はそうではない。

 心の声は聞こえない、この当然が何故か分からない人がいるのがこの世のファンタジーさよ。

 当然その王の心の叫び声は姉に届くはずもなく、いつ声が掛かるのかなぁとのんびりと考えていたのだろう。なにせ穏やかでゆっくりとした人なのだ。

 慌てることなんてしないし王がそんな恐慌状態になっているなんて見えていない。

 それに王は姉の身体に触れない心理状態だったのだ。

 無反応なのは仕方がないがこれが王にとって無視となってしまった。

 そんでもってようやく王が声を出したものの絞りだしたものだから変な声かつ小さな声となり、しかも言葉は聴きとりづらいものだし、哀願調なため姉がそこで王が助けを求めていると慌てて立ち上がったとしても無理はないものだ。

 立ち上がって見下ろすとそこには跪く王が……姉の思考はフリーズするだろう。

 なんでこの人は自分を拝んでいるのだろうと?

 不思議に思うがここで姉はよく自分が拝まれていることを思い出すとそのままにすることとする。

 それが一番いいと彼女は誰よりもそこを理解しているからだ。

 祈りたいのなら祈ればいい、自分はいつもそれを受け入れると。

 そして王はお妃様になってほしいと訴えるもその声もまた小さくて聞き取れない。

 もしも聞き取れても話が飛躍し過ぎていて分からなかっただろう。

 言っているようで言っていない状態である。だから姉は沈黙した。

 これは妹の指示によるものだが姉の経験則として黙っていても問題が無いためである。

 むしろ黙っている方が条件が勝手に釣り上がっていくのだ。限界までそれを高めさせてくれる。

 神は沈黙をするが人は祈る、いや、神が沈黙しているからこそ人は心底から真実を述べられる。

 もしも神が雄弁でなんでも答えてくれたら今度は人間が沈黙するであろう。答えないから良いのである。

 格言通りに沈黙は金である。答えは沈黙。

 その限界の塩梅を姉は自然と理解している。今回の場合は涙であった。

 王は何かを訴えているけれどそれが何か分からない。

 あとで妹ちゃんに報告するけれど、とりあえずここは涙を拭ってあげようという善意によるもので返事でも了解でもない。

 ただそれを王は了解だと解釈した。微笑みがそうであるし拭うという行為がそうである。もちろん全部彼の解釈であり偏見だ。

 否定の言葉も肯定の言葉もないが行動がそうだと言っている。そうに決まっている!

 ラブロマンスは一方の勘違いと思い込みによる解釈によって展開していく。このように相手が何も話さなくても成立していく。

 美は妄想を掻き立て人を本気にさせる魔性のものである。

 これもまた一種の陰謀論であるが美と善そして愛が絡み合うと決して陰謀論とは呼ばれないが構造は一緒だ。

 自分に都合よく解釈をしてそうであろうとする点では何ら変わりはない。

 こうして姉はただ何も言わずにいただけで王妃となることができるのだ。

 ここまで上手くいくとは……とあの妹すら感嘆すると同時に鼻で笑った。

 所詮王権やら権力などこの程度なのだと。姉がただ立っているだけでここまで容易に天下を取れた。

 やはり姉の美は最強なのだと満足をしながら新たなる闘いの舞台である王宮へと上京することとなった。

 王宮まで行くのは三人である。姉と妹とそしてその息子である。

 いまなんて言った という声が聞こえたのでもっとはっきりと言おう。

 姉妹と妹の息子が王様のいるお屋敷に向かって旅立ったのだ。

 読み飛ばしたのかとお思いでしょうがご安心を。ここまで書いていないだけである。

 次回はそのあたりの事情をお話します。